他国がかつて経験してきた過程を経由することなく、最新の技術を活用する段階にまで至ることをリープフロッグ現象というらしい。我らが留学する中国はまさにこの現象が顕著に見られる国であろう。私は日本では現金払いに固執し、一日が終わっても携帯電話の充電が50%を切ることはなかった。しかし中国に来てから、人生で初めての電子決済を使い、今では街中にあふれるレンタルモバイルバッテリーをレンタルするほど携帯電話を酷使している。毎日身を以て、携帯電話を触媒とした最新技術の洗礼を受けているわけだ。
一面では上記のような現代式の生活を送りつつも、かつての中国への憧憬の念も尽きない。かつての中国とは、極端に言えば皆が自転車に乗って中山装(人民服)を身にまとい、今ほど豊かではないが皆が希望を持っていた時代のことである。中国語と中国文化を学ぶ一学生として、現代の中国を観察することも重要だが、かつての中国の残り香を追い求め、識ることも重要だと思う。温故知新というわけだ。それゆえ、他国の留学生と青島や北京に観光へ赴くかたわら、かつての中国を求めて農村へ訪れたりしている。今回はその旅路で見聞した興味深い出来事を紹介したい。
まず、どのように昔の中国が色濃く残る場所へ訪れるか、という手段が問題になる。高速鉄道は整備されているけれども、農村を訪れるにはやや不便だ。高速鉄道は一定以上の規模の都市を結ぶものだからだ。それゆえ主に使うのが「緑皮車」との俗称がある普通列車だ。高速鉄道に比べるとかなり運賃は安い。しかしながら相当にカオスである。私が乗ったのは寝台車なのだが、上のベットから子どもがこぼした飲料が降ってきたり、寝台には他人の髪の毛がべったりと付着していたりなど、すごい環境であった。加えて、列車の連結部では喫煙可能であるし、車内のトイレはいろいろな液体が氾濫している。列車に乗る段階ですでに昔の中国を体験できるのである。
目的地に到着した後も困難は絶えない。現地の方々、特に年配の方々が何を喋っているか一切わからない。かろうじて中国語とはわかるのであるが、我々が学ぶ普通話とは全く異なる発音で、全体の2割くらいしかわからない。更に困難は続く。農村部では交通手段が乏しいのだ。バスも殆ど走っていなければ、シェアサイクルもまずない。なんだか農村に来て初めて、「ああ、外国に来たんだなあ」と感じたことを思い出す。だが、なんとかなる。農村の方々も親切で、方言の通訳をしてくれたり、自家用車に乗せて目的地に連れて行ってもらったりした。こうした体験を通じて古き中国を理解できるとは必ずしも言えない。しかしながら、大学周辺の都市部では体験できない事柄であり、農村の方々との交流を通して数十年前の歴史を学ぶこともできる。
中国は広大で、数ヶ月見て回っただけで理解しきることは到底できない。しかし、限られた留学期間の中でも様々な場所を見聞し、現代も学びつつ、歴史も学ぶことは中国への理解をきっと増進させてくれるだろう。