「留学中に経験した面白い、変わった体験」千田 健太郎(北京語言大学)

今月は変わった経験がテーマとの事で、敢えてこれまでに訪れた少々コアな場所・経験を紹介させていただきます。

先月のレポートに記載しましたように、春節期間中は湖北省荆州市にある現地学生の実家に招かれ一週間ほど親族一同から歓待を受けるという非常に貴重な体験に恵まれました。武漢の西、長江沿いにある都市で特に観光地化はされていません。その為外国人の存在そのものが非常に珍しいようで、店員などと話した際に発音で外国人と気付かれますが毎回大変驚いた反応をされます。この半年様々な都市を訪れて参りましたが、観光地化されていない都市を訪れたのは初めてであり、真に市民生活というものを実体験できた大変貴重な一週間でした。

 親族の皆さんから歓迎を受ける。年代物の白酒を開けていただいた。こちらも持参した獺祭を開封し、杯を交わした。

滞在中特に印象に残ったのは、彼が卒業した地元高校を見学させていただいた事です。本来高校に外部の人間が入る事はできませんが、彼の母親が特別に手配をして下さり入構させてもらいました。当然ながら外国人として初めての訪問者だったそうで、大変貴重な体験をさせて頂きました。残念ながら当日は補講の試験中であり教師・生徒達と話す事はできませんでしたが、日本とは全く異なる高校生活を垣間見る事ができました。

高校見学。3年前に建てられたばかりの新校との事だった

高考までのカウントダウン。毎年6月に実施される。

 

この日は三年生の補講試験。厳格なカンニング防止のために書類一切が廊下に出されていた

 

街の作りも興味深いものがありました。コロナ前の2018年前後は再開発がかなり盛んだったらしく、彼の家も以前は数キロ離れた場所にあったのを政府の要請で引っ越したとのことでした。(補助金も転居の費用を差し引いてもお釣りがくる程度には貰えたとの事で、現在とは異なりコロナ前の経済状態が如何に良好だったか伺う事ができます。)また、近所には日本にもあるような児童公園や公民館が並んでおり、子育てを支援したいという街開発のコンセプトを感じましたが、それに反して小さい子供は殆どおらず大半が40-50代という印象でした。不動産バブルが崩壊したこの数年の中国は90年代以降の日本の再現とよく表現されますが、不況のみならず少子化にも悩まされている街の様子はまさしく日本の地方都市を見ているようであってした。

 

一週間の滞在を終え荊州を出た後は高速鉄道で長江沿いを西に進み、世界最大のダムである三峡ダムを見学して参りました。武漢、重慶のちょうど中ほどに位置していますが、最寄りの鉄道駅から遠くバス移動が必須になるので外国人観光客は殆どいませんでした。石川県の黒部ダム同様、多くの人命の犠牲の上に約20年を費やし完成を迎えた、中国史上最大規模のプロジェクトの1つと言われています。広大な中国において安定的な発電体制を確立した一方で、広大過ぎるダム湖の誕生によって気候が変わってしまった事、水没を余儀なくされた集落の補償が不十分である事など、社会にもたらした光と影がしばしば注目されています。日本においても発電の在り方というのは非常に大きな課題であり、14億人を養うインフラの一部を垣間見る事が出来たのは大変貴重な経験でした。

三峡ダムにて。

 

最後に、冬休み中は吉林省長春市において北朝鮮を肉眼で見る機会にも恵まれました。国境線といえば映画「JSA」で話題になった韓国の板門店が有名ですが、防川風景区と呼ばれるこの場所も中国・ロシア・北朝鮮の三国が国境を交え、板門店に勝るとも劣らないインパクトを持った場所であり、また中国で最も日本列島に近い場所でもあります。

 

かつて日本人で初めて宇宙に行った宇宙飛行士・毛利衛氏は、帰還後の記者会見で「宇宙から国境線は見えなかった」という言葉を残しています。川を挟んだ対岸に北朝鮮が見える訳ですが、まさに目で見た限りでは全くこちら側と同じ山と地面でしか無く、フェンスと警告の看板が無ければ誰も対岸が世界で最も閉ざされた国だとは気付かないでしょう。展望台の僅か5キロ先には日本海が広がり、更に約600キロ進めば石川県に辿り着きます。「近くて遠い」東アジアの隔絶を肌で感じる事ができました。

これまでのレポートにおいて異なる文化圏の人間と過ごす難しさについて書いてきた通り、国を隔てる壁の存在が少なからず世界を安定させている事は間違いありません。実際、他クラスに北朝鮮からの留学生がいますが決して韓国学生と交わらないよう先生も苦心しているとの話を耳にしました。世界の分断を肯定してはいけませんが、安易に壁を取り外せば混乱を招きます。それでも壁の外に目を向け続ける事には意義があると思います。決して感動をもたらしてくれる観光地ではありませんが、大変印象深い場所でした。

 

3カ国の隣接点。川の右側は北朝鮮、左側はロシア。川の上に掛かる橋を北朝鮮とロシアを結ぶ貨物列車が走っていた。