中国に来てから半年が経ちました。あっという間ではありますが、出会った人との思い出や、初めて食べたもの、授業の様子、中国に来てからの体験をはっきりと思い出すことができ、今までの中で最も充実した6か月間でした。また半年間で語学力も進歩したと思います。
中国語のレベルが向上した
留学前の中国語のレベルは、HSK5級の試験で240点ぐらいでした。HSK6級の過去問を解いてみるも、一問目から全く分からず、また1000字の文章を読む気にもなれず、リスニングについては難しすぎて心が折れ、最後まで続けられませんでした。さらに、スピーキングは、「私はチョコレートが好きです」といったような初歩の簡単な文章を話せる程度でした。こんな状態で、留学を開始しました。
10月の国慶節が過ぎた頃から、授業で習う単語が頭に入りやすくなってきました。習った単語を使って文章を作ることも9月ほど困難だと感じなくなりました。スピーキングは相変わらず変化はありませんでしたが、同年代の友人と話す内容はどれも同じようなものだったので、何度も繰り返し同じ話をいろんな人にしていました。すると、今回はもう少し詳しく話してみようと思うようになり、「因为~所以~」や「虽然~但是~」などを使ってみたりしました。
11月頃から、中国人の友人がたくさんできました。一緒にご飯を食べたり、観光地へ行ったりする中で、少しずつ中国人の話す中国語が聞き取れるようになってきました。12月に入ってから、中国人の友人やクラスメートから私の中国語が上達したと言われることが増えました。私自身も、博物館の中にある説明の文章を以前より読めるようになったり、街なかで聞こえる中国語の意味がはっきり理解できたりしていたので、語学力が向上していることを実感していました。
2月にはHSK6級を受験しました。留学前に比べると、1000字を10分間で読んで内容を覚えることができるようになり、リスニングでも全てが分からないということは無くなりました。ただ、8割以上は取れていないと思うので、今後も継続して勉強を続けていこうと思います。
目標が少し具体的になった
中国に来てから、中国語が上手になりたいという思いがどんどん大きくなってきました。留学前もスピーキング力の向上は目標の1つでした。しかし、目標は「とりあえずペラペラになる」といった抽象的な目標で、自分の理想とする姿がぼんやりしていました。中国に来てからは、自分の意思を伝える時や、大事な手続きをスムーズに進めるために中国語力が必要だと痛感する場合もありました。しかしそれ以上に、私に興味を持って話しかけてくれる人ともっと会話して仲良くなりたいという理由から、中国語をさらに向上させたいと思うようになりました。
ある時話しかけてきたおばちゃんが、私が日本人だと知ると、地震のニュースについて聞いてきて、「あなたの地元は大丈夫だったのか」と、とても心配してくれました。私は「地震」の単語がすぐに思い浮かばず、単語の意味を質問すると、おばちゃんはボディーランゲージで必死に説明してくれました。ほかにも色々質問をされましたが、具体的に答えることは難しく、私の回答でおばちゃんの疑問を解決できたのか分かりませんでした。このような体験をしていく中で、日常生活の中で、相手の知りたいと思うことをしっかり伝えられるような会話力を身に着けたいと思うようになりました。
歴史を学んで、人の温かさに気づいた
大きな博物館は無料で多くの展示品を見ることができ、旅行へ行くときは、まず最初にその土地の博物館へ行って知識を仕入れてから観光地を巡るようにしています。私が驚いた部分は展示品の多さだけではありません。どの博物館にも最後の方になると、かつての日本軍による侵略と戦争の悲惨さを紹介するコーナーが設けられています。このコーナーを通して、南京だけでなく、多くの場所でも激しい戦争が繰り広げられていたことを知りました。このコーナーにいる間は、少し緊張してしまいますし、周りで一緒に鑑賞している中国人の観光客が何を言っているのか、気になって聞いてしまいます。
このような展示を見ても今の日本を嫌いにならず、興味を持ってくれる人がいて、親切にしてくれたり、話しかけてくれたり、日本語を勉強して日本に留学に行きたいと言ってくれると、とても嬉しくなります。
これから
残りの時間をどのように使うか、まだ考えていません。前期と同じように空いた時間に観光に出かける、本科生の授業を聞きに行く、習い事を始める、などやってみたいことが次々溢れてきます。いろんな場所へ行くほど、他の場所へ行ってみたくなり、自分の中国語レベルが向上したからこそ、本科生の授業をどこまで理解できるのか試してみたくなります。後期からも、時間を無駄にしないように、様々なことに取り組んでみたいと思います。