外国人留学生の「兄貴」 夢は交流の場づくり

2023年7月1日号 /

中華酒家「ゴビィー」オーナー
那爾蘇(ナルソ)さん

1976年、内モンゴル自治区阿拉善生まれ。地元で農業銀行に勤務したのち、2002年に日本へ。兵庫県神戸市の日本語学校に在学中、札幌市出身の現夫人と知り合い、北海道への移住を決断。羊肉文化を広めようと2006年に料理店を開いたが軌道に乗らず、レストランやホテルなどで勉強を重ねたのち、2012年に「ゴビィー」を開店。多くのマスコミで紹介される人気店となり、昨年秋に10周年を迎えた。

【店舗】
北海道札幌市北区北12西3 ノールシャンブル 1F
☎011-768-7195

 

ラクダの隊商や羊の群れの壁紙が異国情緒を演出する店内を埋めるのは、ほとんどが近くの北海道大学に在籍する外国人留学生だ。ごはんと卵スープはおかわり自由。安価でおいしい料理をお腹いっぱい食べ、満足げな表情を浮かべる若者たちを優しく見守るのは、彼らから「兄貴」と慕われる内モンゴル自治区出身の那爾蘇さん。「開店当初は1つの料理を2人で分け合って食べる子もいましたが、この10年の間にみな豊かになりました」と感慨深げに振り返る。

地元の農業銀行勤務時代は、月収が約400元。収入を増やしたいと2002年に日本へ渡ったが、「日本という国のイメージはまったくなかったですね」という。日本語学校に通った神戸での生活は、故郷では体験したことがない猛暑と、授業で習う日本語とは違う関西弁に苦労した。

しかし、人生の転機となる出会いもあった。北海道出身の伴侶に恵まれ、2年後に新天地での生活がスタートしたのだ。

「結婚の挨拶のため札幌市にある彼女の実家を訪れ、すぐに自然豊かで爽やかな北海道が気に入りました。神戸では諦めていた羊肉が簡単に手に入るのも魅力でした」

内モンゴルと北海道は、店名の由来になった砂漠がないことを除けば、気候や風土が似通っていた。

羊肉文化が根付いている北海道だが、その食べ方はジンギスカンばかり。故郷の羊料理を提供したいと考え、2006年に料理店を開き、横綱・白鵬をはじめモンゴル出身力士が訪れるなど一定のファンをつかんだものの、結果的には長続きしなかった。勢いに任せて走り出した点を反省し、有名ホテルやレストランでしっかりと料理を学び直し、2012年に満を持して「ゴビィー」をオープン。努力が実を結び、本場の羊料理が絶賛される人気店になった。

 

昨年、思い切った決断をした。「中華」の看板を掲げつつ、豚肉のメニューを一切なくしたのだ。イスラム圏の学生ばかりではなかったが、豚肉文化を好まない国や地域も多く、彼らが安心して利用できるようにとの配慮だった。元々、羊料理目当ての客が大半だったこともあり、大胆なメニューの変更はすんなりと受け入れられた。

「となりの人が豚肉料理を食べていると、ちょっと気分がよくない、という声もありましたからね。自分はたまに外で豚肉を食べていたので『ハラル』は名乗りませんでしたが、豚肉なしの店という評判が口コミで広まり、たくさんの国の人が友達を連れて来るようになりました。その後、自分もまったく豚肉を食べなくなってしまったのですが」

店で扱わない以上は自分も口にしない――誠実な人柄が滲む。

店以外でも、日本ではめったにお目にかかれない羊の1頭丸焼きなど、楽しいイベントを企画して学生を元気づけている。

「異国で心細さを抱えながら頑張っているはずだから」

それは自身も経験した思いだった。懐かしい自国の料理を味わってもらうため、タイ人の学生にキッチンを開放したことも。

「他の国の学生にもキッチンを使ってもらい、横で見学すれば、もっとレパートリーが増えるはず。この店が世界中の人たちの交流の場になればいいですね」

内モンゴルの草原のような大きな包容力で、これからも「兄貴」は学生たちを笑顔にしていく。

(内海達志)