中華街紀行の2回目は、タイ・バンコクの後編。前回はディープな世界を体験できる「旅社」と、華人たちの篤い信仰の場である「寺院」をテーマに選んだが、今回は「市場」と「食」を紹介したい。市場は中華街を覆うパワーの発信源であり、独自の発展を遂げた「タイ中華」は観光客にとって欠かせない魅力となっている。そして、昼と夜では、まったく違った表情をみせてくれるのも、中華街散策の楽しみのひとつだ。
(内海達志)
異彩を放つ「看板」
バンコクの「異境」といえる中華街は、季節を問わず、深夜・早朝以外はどの時間帯も活気と熱気に満ちあふれている。まして旧正月ともなれば、無数の赤い提灯が飾られ、京劇が上演されるなど、その賑わいは最高潮に達する。
中華街のメインストリートであるヤワラート通りには、道路の両脇にせり出した巨大な看板が派手さを競うように並んでおり、つい視線が頭上に向いてしまう。「まるで香港のよう」と感じる人も多いだろう。書かれているのが漢字(繁体字)なので、いっそう香港を彷彿とさせるのだ。こうした看板や屋号は、古風な書体が多く、そこも非常に気に入っている。
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せり出した看板が中華街のシンボルだ
看板の業種では、特に「金行」が目立つ。中国語で「行」は「店」の意味。つまり、ゴールドショップである。店内のショーケースには、まばゆい輝きを放つ高価な装飾品が並ぶ。
中国系の人たちにとって金は富裕の象徴であり、安定した資産として根強い人気を誇っている。世界経済が混迷を極める今の時代、ますます需要が高まるに違いない。筆者には無縁の世界であり、一度も足を踏み入れたことがないのだが。
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左の渋い建物にも「金行」の文字がみえる
ゴージャスな「金行」とは対照的に、直射日光を避けているせいか昼間でも薄暗い「薬行」(薬局)には、「旅社」に通じるディープな空気が漂っている。扱っているのは高麗人参や冬虫夏草などの漢方だ。薬草の苦い香りがなんとも神秘的でもあり、「ちょっと試してみようか」という誘惑に駆られる。
湖南省の大学に留学していた25年前、皮膚のアレルギーに悩む日本人女性の友人が、毎晩、木屑のような漢方を煎じていたのを思い出す。彼女は「苦みがあって美味しくはないけど、これが一番効く」と話していた。
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こういった古風な書体が街にはあふれている
ヤワラート通りからは、たくさんの路地が分かれている。その路地もさらに枝分かれしているので、適当に歩いているうち、道に迷ったことが何度もあった。
奥へ進むほど観光客の姿が少なくなり、生活臭が濃厚なエリアになる。その象徴が、東西に延びる細い路地に、小さな商店が連なる問屋街のサンペン市場だ。
![]() 市場へ来れば何でも揃う |
![]() 中華街の裏通りは中国系の老人が似合う |
衣服、靴、アクセサリー、おもちゃ、雑貨などのほか、ガラクタにしかみえないものや、明らかなブランド品のコピーも含め、ありとあらゆる商品が積まれており、カオス感に圧倒される。ただでさえすれ違うのもやっとの混雑ぶりなのに、強引にバイクが割り込んでくることも。終日、喧騒が絶えることがなく、表通りとは違った中華街の一面に触れることができる。
正直、日本人が買いたいようなものは少ないと思うが、ひやかしで眺めているだけでも退屈しない。サンペン以外にも個性豊かな市場がいくつかあり、それぞれ客層も違っている。
魅惑の「タイ中華」
多彩な「食」も、中華街散策の大きな楽しみである。本国の伝統的な料理とも異なる「タイ中華」とも呼ぶべき独自の食文化が根付いており、激辛のタイ料理は苦手という人にも受け入れられる、日本人好みの味付けといえるだろう。
夜のヤワラート通りとその周辺には、さまざまなメニューを提供する露店や屋台が延々と連なり、そこへ美味を求めて観光客が殺到するので、いつも大渋滞と化す。
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夜はいっそう賑やかさを増す
彼らのお目当ては、高級食材の「魚翅」(フカヒレ)と「燕窩」(ツバメの巣)だ。これらの文字があちこちで目に入り、食欲を刺激される。どちらも安くはないものの、日本よりはずっとお得なので、「ここで食べておかなければもったいない」という気持ちになる。
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「魚翅」と「燕窩」はぜひ味わいたい
フカヒレが絶品なのは言うまでもないが、おすすめしたいのは「魚鰾」だ。「鰾」とは「浮き袋」のこと。食感は油揚げに例えると近い感じだろうか。ヒレよりはかなりリーズナブルながら、ヒレと同じ濃厚なスープを味わえる。
日本人にはあまり馴染みがないツバメの巣は、唾液腺からの分泌物を固めたもの。中華街で売っているのは、不純物が混じっておらず極上品とされる。それ自体に味はなく、ハチミツ、シロップなど好みの味付けで、デザート感覚でいただく。
これが二大名物といえるが、麺もバラエティに富んでいるし、アヒルやガチョウの肉のスライスをご飯にのせ、甘いタレをかけたものも筆者の好物である。
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アヒル肉のご飯と「魚鰾」
中国系の老夫婦が切り盛りする渋い店構えの「粥」の専門店(メニューは2種類のみ)があり、以前から気になっていた。粥は地味なせいか、外国人観光客は少ない。シンプルながら深みがある粥を啜っていると、前のテーブルで談笑していた常連客が振り向き、「どうだ、うまいだろう」といった顔をした。
![]() 地元の常連客が集う粥店 |
![]() お粥はシンプルイズベスト |
最近は若者向けのおしゃれな飲食店も増えてきたが、筆者は「中国系の地元客が集う店はハズレがない」と思っている。