「読む中国」 ~旅心をくすぐられる8冊~

コロナ禍による各種規制は撤廃されたものの、航空運賃の高騰や面倒なビザ取得などもあり、気軽な中国旅行はまだ難しい状況だ。そこで今回は筆者の蔵書の中から、旅気分を味わえる8冊をピックアップしてみた。かなり古い本もあるが、ネットで探せば購入できるはずだ。ぜひ次回の旅の参考にしていただきたい。

(内海達志)

目から鱗の新鮮な風景
「香港癒やしの半日旅」

著者・池上千恵(誠文堂新光社)

多くの人が抱く香港のイメージといえば、ビクトリアピークから望む100万ドルの夜景、レトロなスターフェリー、大きくせり出した看板の中を走る2階建てトラム、深夜まで賑わいが絶えないマーケットなどだろうか。もちろん、こうしたステレオタイプの香港も楽しいのだが、香港の魅力はそれだけではない。実は多くの離島があり、驚くほど豊かな自然にも恵まれているのだ。
本書に登場するのは、「香港島」「九龍」「新界」「離島」の57スポット。ガイドブックには載っていない、生活者でなければ知り得ないような場所ばかりで、20回近く香港を訪れている(本稿の)筆者も目から鱗が落ちる思いであった。
中心部から少し足を延ばすだけで、「シン・香港」と出合えることを教えてくれる1冊だ。巻末に詳細なアクセス方法が載っているのも嬉しい。

「香港癒やしの半日旅」

懐かしきあの時代が甦る
「中国鉄道大旅行」

著者・ポール・セロー、訳者・中野恵津子(文藝春秋)

アメリカ人の筆者は、鉄道紀行のベストセラー作家。本書は、1986年の春にロンドンを出発し、シベリア鉄道経由で中国に入ったのち、1年をかけ鉄道で中国各地を巡った、タイトル通りの大旅行の記録である。
名所旧跡には目もくれず、ひたすら列車に揺られ、街を歩き回り、うるさいくらいに人民に話しかけるのが筆者の旅のスタイルだ。生き生きとユーモラスに、そしてときにはシニカルに当時の中国社会や世相を描写しており、80年代の中国を知る世代にとっては、懐かしさがこみ上げてくるに違いない。
〈中国の広さは、不思議な感じを抱かせる。それは一つの国というより、まるで全世界だ〉という一文から旅は始まる。高速鉄道などない時代の鉄道旅は長く辛かったが、その不便さもまた「郷愁」といえるだろう。

「中国鉄道大旅行」

「乗り鉄」作家がみた中国
「中国火車旅行」

著者・宮脇俊三(角川書店)

こちらも1980年代の中国鉄道旅行記であるが、アメリカ人作家が鉄道を通して中国社会と人民を観察することに主眼を置いているのに対し、筆者は鉄道そのものに強い関心を示している。
国鉄全線完乗を果たし、その体験をまとめた処女作がベストセラーになった筆者は「乗り鉄」派。中国最長距離の上海―烏魯木斉、絶景で知られる成昆線(成都―昆明)など4本の列車に乗車し、中国の広大なスケールに感動したり、文化の違いに当惑したりする様子が、滋味あふれる筆致で細やかに記されている。
日中鉄道友好協会の会員にまでなり、訪中を渇望していた筆者にとって、4本では乗り足りなかったようだ。〈「中国鉄道路線図」を眺めていると、乗りたい線区がまだまだ数多くあり、ムズムズしてくる〉と、ファンならば共感できる心情を吐露している。

「中国火車旅行」

地酒に酔いしれ17000㌔
「ユーラシア大陸 飲み継ぎ紀行」

著者・種村直樹(徳間書店)

レイルウェイ・ライターの肩書きで鉄道の魅力を伝え続けた筆者は、こよなく酒を愛した「飲み鉄」の元祖。本書はヨーロッパ、ロシア、中国と各地の地酒を堪能しながら、17000㌔もの距離を鉄道で移動した旅行記である。
中国編は、烏魯木斉から甘粛省の「酒泉」を経て上海へ向かい、紹興まで往復するコースだ。酒泉は有名な敦煌に近い小さな街で、観光をせずに地元の白酒「漢武」を飲むためだけに下車した筆者に対し、同行のガイドが「もったいない……」と嘆く場面が微笑ましい。
ビール、白酒、ワイン、紹興酒と、筆者の飲みっぷりには圧倒されるばかり。そして、長旅のゴールを千葉県の「酒々井」で迎えるのであった。
旅好きで左党の読者にとっては、垂涎の1冊となるだろう。

「ユーラシア大陸 飲み継ぎ紀行」(国立国会図書館サーチ)

失われつつある風景を求めて
「中国古鎮をめぐり、老街をあるく」

著者・多田麻美(亜紀書房)

「古鎮」とは歴史的景観が残る地方の集落、「老街」とは街の中の古い通りのこと。急速な経済発展に伴い、こうした風情ある街並みは消えつつある。
北京外国語大学に留学し、北京の雑誌社での勤務経験がある筆者は、中国の歴史や文化に関する該博な知識を交えながら、全国28ヵ所の古鎮・老街の魅力を伝えている。張全氏の味わい深い写真が趣を添えており、本書を手にした誰もが「この場所に身を置きたい」と思うはずだ。
21世紀の中国に、時代がタイムスリップしたかのような世界が残っているのは奇跡といっていい。だが、有名になったがゆえの観光客激増や、逆に過疎化による荒廃など多くの問題に直面している。
筆者は〈「保護」をめぐる難しい課題を抜きにして考えれば、地理的だけではなく、時間的にもスケールの大きな、胸躍る旅だ〉と記しているが、まさにその通りだろう。失われつつある風景が失われてしまう前に、本書を携え旅に出たい。

「中国古鎮をめぐり、老街をあるく」

バス旅の忘れ得ぬ記憶
「謝々! チャイニーズ」

著者・星野博美(文春文庫)

「転がる香港に苔は生えない」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した筆者のデビュー作。改革開放の熱気に包まれた1993年から94年にかけ、筆者はベトナム国境から埃まみれの長距離バスを乗り継ぎ、上海をめざした。広西チワン族自治区、広東省、福建省など海沿いの「華南」地方を移動し、その道中で出会った人々との濃密な時間が、瑞々しい感性で描かれている。
青春ロードムービーのような情景が浮かび上がるが、それは不安で苦しい一人旅でもあった。帰国後、〈これまで一本もなかった白髪が後頭部にどっさり増えていて、母に泣かれた〉という。
変革の時代に戸惑いながら懸命に生きる人たちへの優しい眼差しが、タイトルの「謝々!チャイニーズ」という言葉に込められている。

「謝々! チャイニーズ」

「香港の異境」を活写
「重慶大厦百景」

著者・河畑悠(彩図社)

香港を旅したことがあるバックパッカーにとって、「チョンキンマンション(重慶大厦)」と呼ばれる巨大な雑居ビルには特別な思いがあるに違いない。17階建ての3棟のビルが組み合わさった複雑な構造で、華やかな九龍地区のメインストリートにあって、ここだけが異彩を放っている。
エントランスから一歩足を踏み入れた途端、そこはさまざまな言語が飛び交う人種の坩堝であり、「異境」というべき刺激的な空間だ。治安の悪さを指摘する声があることも事実だが、本書は「一般の旅行者が常識的に行動するぶんには安全な場所」であることを、ここで暮らす人や商売を営む人のリアルな証言を通して教えてくれる。
ディープな魅力を余すところなく伝える写真も素晴らしい。

「重慶大厦百景」

この1冊で旅は自由自在
「中国鉄道大全」

著者・阿部真之、岡田健太郎(旅行人)

中国旅のビギナー向けに、難解な時刻表の読み方、座席やチケットの種類、具体的な購入方法などを懇切丁寧に説明しているほか、乗車から降車までの楽しみ方や注意点も詳細に書かれており、非常に行き届いた実用書と
いえる。が、本書が秀逸なのは、同時にコアなファンも満足させる専門的な内容が盛り込まれている点だ。
魅力ある長距離列車や地方鉄道の乗車体験、車両図鑑、全国の鉄道博物館ガイドなど、よくこれだけの情報量を詰め込んだものだと感心せずにはいられない。まさに「大全」であり、筆者の「鉄道愛」が伝わってくる。
中国鉄道10万㎞徹底ガイド――という副題の通り、この1冊があれば、中国の鉄道を自由自在に乗りこなせるはずだ。

「中国鉄道大全」