
『封神演義』は、紂王が女媧宮(じょかぐう)で不敬をはたらき、それに怒った女媧が殷を滅ぼすために妲己を遣わしたことから物語が始まる。そして物語の冒頭数回は、紂王の暴政、佞臣の讒言、妲己の暗躍、文王の離反といった殷と周が対立するための前口上とも言える。その中で殷王室に住み着いた千年狐狸(妲己)が諸悪の根源であり、これを祓い追い出すよう紂王に献策したのが雲中子(うんちゅうし)である。雲中子の登場により、人間世界の殷周革命の舞台に仙人や道士が介入することが強く印象づけられる。
雲中子は終南山玉柱洞(しゅうなんざん ぎょくちゅうどう)の洞主である。最初期に登場する闡教の仙人であり、雷震子の師でもあるため十二大仙の一人と思われがちだが実は違う。
物語では、第五回で登場する。ある日、終南山で閑居に任せ薬草を摘みに出かけようとすると、東南の方角に天に届くほどの妖気が目に入った。目をこらして見ると、千年狐狸が朝歌の皇宮に住み着き悪さをしており、このまま放置すれば将来の禍根となることに気づく。そこで松の枝を削り木剣をつくり、朝歌に赴くのであった。ここで紂王が雲中子の諫言を聞き入れ、木剣で妲己を退治していれば殷王朝はその先も続いたかもしれない。しかし、そこは物語の序章、雲中子の献策は失敗し、紂王と妲己の無道の行いはさらに勢いを増していく。
もともと仙人たちは、千五百年に一度やってくる殺戒の劫のために人間世界の騒乱に介入した。しかし、雲中子を見ると木剣を用い妲己を退治するよう進言するなど、殺戒とは関係なく積極的に関わり、また、闡教を挙げて対抗した十絶陣の戦いには参加しないなど、他の仙道とは少し違った立ち位置にいるように見える。十絶陣の戦いに参加せず、さらに闡教の十二大仙が次々と捉えられた黄河陣の戦いにも参戦しない。だが、一連の戦いの最後とも言える逃げ延びる聞仲にとどめを刺したのは雲中子である。その際、燃灯道人は「雲中子は福徳の仙であり、黄河陣の戦いには参加しなかった。真の大福の士である」と評す。また雲中子は勅を受け通天神火柱(つうてんしんかちゅう)という聞仲にとどめを刺した宝器を作っていたと言う。燃灯の言う福徳が戦いに参加しないことなのか、人々を思う悲哀の心なのか、はたまた錬気に努め道を外れないことなのか具体的には分からぬが、こうした点からも、雲中子は十二大仙とは違う立場で物語に関わっていることがわかる。
文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。