釈門に帰依した仙人・普賢真人

2024年9月1日号 /

封神演義

普賢真人(ふげんしんじん)と聞いて『封神演義』、ひいては道教の仙道らしくない名前と違和感を感じた人は、道教の神々にそれなりに通暁していると思われる。その違和感は正しく、普賢真人は仏教での普賢菩薩だからである。

普賢菩薩は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多い。その姿は、六牙の白い象に乗り、結跏趺坐(けっかふざ)に合掌する姿で描かれるのが一般的である。普賢という名前からも分かるように、「普く賢い者」を意味し、世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者とされる。また法華経を信じる者を守るとされる。

では、なぜ『封神演義』に仏教の菩薩がいるかといえば、実は普賢真人だけでなく、慈航道人や文殊広法天尊など後に仏門に入る者が多々見られる。物語での普賢真人は、闡教の十二大仙の一人に数えられ、九宮山白鶴洞(きゅうきゅうざん はっかくどう)の主とされる。また弟子に木吒(もくた)がいる。

普賢真人の登場場面はさほど多くないが、十天君との戦い、さらに金霊聖母の万仙陣との戦いが主な場面であろう。十天君との戦いでは、他の十二大仙と共に西岐を訪れ、姜子牙たちに力をかす。そして姜子牙たちが袁天君(えんてんくん)の寒氷陣(かんぴょうじん)に挑む際、まず道行天孫の弟子の薛悪虎(せつあくこ)が陣を破らんとするも陣中で氷塊に潰され命を落とす。そこで次に普賢真人が挑み、術によって氷塊を溶かし、袁天君を呉鉤剣(ごこうけん)で一刀に切り捨て寒氷陣を破り、十二大仙の力を見せる。

その後、周軍は進軍を続け物語も終盤になった頃、金霊聖母の万仙陣が行く手を阻む。これを破るために再び十二大仙、さらには元始天尊や太上老君までもが駆けつける。そして万仙陣の一つ、霊仙牙の両儀陣を破るため普賢真人は戦いを挑む。陣中では雷により普賢真人は閉じ込められるが、その法身である三首六臂を現し、陣を破り霊仙牙を捕らえる。その後、霊仙牙は本来の姿である白象にされ、普賢真人の騎獣となった。

このように『封神演義』には後に仏教に身を寄せる仙道も多く見られる。道教を中心とした物語に仏教に関する人物が登場することに違和感があるかもしれないが、物語の舞台は仏教が起こるよりも以前の話である。ゆえに殷と周の戦争が終結した後、一部の者は釈門に身を寄せたのである。

文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。

絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。