土行孫(どこうそん)は闡教の懼留孫(くりゅうそん)の弟子で、夾龍山飛龍洞(きょうりゅうざん・ひりゅうどう)で修行している。土の中を自由に移動できる地行術の使い手で多くの活躍を見せる。また物語において結婚の描写があるのは姜子牙と土行孫くらいではなかろうか。しかし、その能力や功績に比して、主役級のキャラクターになりきれず割を食った人物のように思われる。
物語における土行孫の登場は、聞仲(ぶんちゅう)が絶龍嶺で倒された直後である。勢いを増す周軍と姜子牙に何とか一泡ふかせ、聞仲の仇をとろうと企む申公豹が三山五岳の仙人を訪ね歩き、飛龍洞の近くを過ぎた時、崖の上から一人の子どもが飛び降りてきた。その子の身長は四尺もなく、青白い顔をしていた。これが土行孫である。二人は言葉を交わす中で、お前は仙人になる才能がない、人の世で富貴を修めるのがよい、と申公豹に言葉巧みに騙され、土行孫は飛龍洞の宝器である綑仙縄(こんせんじょう)と五粒の金丹を盗みだし、聞仲の後に司令官となった鄧九公(とうきゅうこう)のもとに赴いた。
土行孫と面会した鄧九公は、見た目の珍奇さから信用できないが、申公豹からの紹介では無碍にもできず、悩んだ末に各軍に食料運搬を担う五軍督糧使に任命し、前線には立たせない。その後、鄧九公は周軍と交戦するも次々と武将が打ち倒され、自身も哪吒の乾坤圏で左肩に深い傷を負う。その敵討ちで出陣した娘の嬋玉(せんぎょく)は宝器・五光石(ごこうせき)を使い哪吒や黄天化を相手に善戦するも、楊戩の哮天犬(こうてんけん)に首筋を食いちぎられ重傷を負う。これを見た土行孫は、盗んだ金丹で二人を治療し、さらに出陣を願いでる。
土行孫と対峙した周軍の武将は、その見た目の珍奇さから侮るが却って土行孫の地行術に巧みに翻弄され、哪吒と黄天化は綑仙縄で捕られてしまう。土行孫の活躍に気を良くした鄧九公は、酒席の酔った勢いで、姜子牙を捕らえれば嬋玉を嫁にあたえる、と言う。これを信じた土行孫は、姜子牙を追い詰め、さらに夜中に地行術で周軍に侵入し武王の暗殺を狙うも、姜子牙に気づかれ退却する。
土行孫の対応に手を焼いた姜子牙は、懼留孫に助けを求める。懼留孫はこの時になり宝器が盗まれたことに気づき、すぐさま軍営へと駆けつけ、土行孫を捕らえ周軍への帰順を誓わせる。しかし嬋玉との結婚を諦めきれない土行孫は、帰順の条件に結婚を出す。そこで姜子牙と懼留孫は策を巡らせ二人は結ばれ、さらには鄧九公まで周軍に引き入れる。
その後、周軍は澠池(べんち)に進軍するが、澠池の主将の張奎(ちょうけい)に苦戦する。張奎もまた地行術の使い手であった。そこで土行孫は飛龍洞に援助を求めに向かうが、途中の猛獣崖で張奎に待ち伏せされ殺されてしまう。
文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。