哪吒(なた)は『封神演義』でも屈指の人気を誇り、以前に紹介した楊戩(ようせん)と共に物語を代表する登場人物の一人であろう。また、先回の李靖(りせい)の息子でもある。もともとナラクーバラという毘沙門天の息子に当る神であったが、中国に伝わった後に変容して道教神となった。そのため哪吒太子と呼ばれることもある。ちなみに、読み方を「なたく」で覚えている方もおられるであろうが、これは誤読が広まったもので、正しくは「なた」である。
哪吒は李靖と殷氏の第三子として生まれるが、なんとお腹の中に三年六ヶ月もの期間おり、生まれた時は巨大な肉の塊であった。これを見た李靖は不吉と思い、剣で肉の塊を切り裂いた。すると中から哪吒が飛び出してきた。この時点ですでに普通の子供ではないが、さらに手に金の輪(乾坤圏)を持ち、お腹に赤い布(混天綾)を巻き、生まれながらに二つの宝器を身につけていた。後に師の大乙真人から火尖槍と風火二輪を授けられ、これら宝器を身につけた少年の姿が、哪吒の形象として広く知られている。
子供の姿で描かれる哪吒は、その印象のとおり淘気(やんちゃ、暴れん坊)な神である。東海龍王を懲らしめる話の他、宝物の弓で石磯娘娘(せっきにゃんにゃん)の弟子を射殺す話など、『封神演義』には哪吒が所狭しと暴れ回る故事が様々取入れられている。李靖との親子喧嘩の話は哪吒が蓮の花の化身とも関連する。ある時、東海龍王の部下と三太子の敖丙(ごうへい)を殺してしまう。李靖はこれを知り怒り、哪吒は贖罪のために自害した。魂となった哪吒は母の夢に現れ、哪吒行宮の建立を願う。行宮の神像は哪吒自身であり、三年の香火を受ければ肉体が復活するはずであったが、李靖に焼き払われてしまう。そこで太乙真人は蓮の花と金丹を使い哪吒の肉体として復活させた。
封神以外では、哪吒太子は守護神として玉帝の命令を受け、妖魔などを退治する天界の将とされる。例えば『西遊記』では二郎神と共に孫悟空を討伐する役目を与えられるなど、かなり広く知られていたようである。
現在の民間信仰における哪吒は、特に台湾で祀られることが多く、「太子爺(たいしや)」と呼ばれ、他にも「中壇元帥(ちゅうだんげんすい)」「哪吒三太子」と称され、生誕日とされる旧暦九月九日には各地で盛大な祭りが開かれている。
文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。