鋭い目つきに尖ったくちばし、羽で空中を自在に駆け雷を操る。その姿を一目見ただけでは、おそらく多くの人が敵の姿を思い浮かべるのではなかろうか。だが、それは闡教の道士、雷震子(らいしんし)である。
雷震子は、姫昌の末子、一〇〇番目の子である。しかし、実際の血縁はない。費仲の謀略により紂王に呼び出された姫昌は、燕山のふもとを過ぎる時、林の中で雨止みを待った。その時、山をも割るような雷が鳴り響く。姫昌は、こんな天気の後は将星が出現するものだと言い、部下に周囲を調べさせる。すると古い墓の傍らに赤子がいた。そこで姫昌は雷が鳴ったときに見つけた子なので雷震と名付けた。だが、殷に向かう途中の姫昌一行は、この子供を連れて行くわけにもいかず悩んでいると、どこからともなく仙人の雲中子(うんちゅうし)が現れ、雷震を弟子として引き取りたいとの申し出に、姫昌は承諾した。
こうして赤子の時に仙人の弟子となった雷震子は、姫昌の事をしらないまま成長する。姫昌と雷震子が初めて会うのは、姫昌が羑里から脱出して追手から逃げるのを助けた時である。
姫昌の危機を知った雲中子は、雷震子に救出に行くよう命じる。その際、裏庭に武器があるので持っていくよう言いつけられる。雷震子はどんな武器を貰えるのか楽しみにしつつ探すが見つからない。そこで、たまたま木に実っていた桃を食べると突然、地にまで届く長い羽が生え、鼻が高く突き出し、顔色は青く、髪は朱色に変わる。さらに目つきは鋭く、口から牙が生え、背丈は二丈ほどになる。姿が変わり落ち込む雷震子とは逆に、雲中子は喜ぶ。実はこの桃は雲中子が作った物であった。その後、雲中子から風雷を起こす金棍を授かり、雷震子は姫昌を助けるべく仙界を発つのである。雷震子の風貌は、中国では雷の神として一般的な雷公(らいこう)を基にしていると思われる。雷公は右手に槌、左手に楔を持っており、日本の雷様とはまた違う姿である。
一方で、食べ物を口にして異形に変化することはSF要素が詰め込まれていて、物語の発想の豊かさを代表する場面とも言える。この箇所の構成だけなら、現代の映画や小説でも一場面としてなら十分に使えるのではなかろうか。雷震子の変身だけでなく、仙人や道士が術や宝器で繰り出す多くの特異現象もそうである。こうしたSF的要素の視点から『封神演義』を読むと、また違った面白みを見つけられるのではなかろうか。
文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。