道教の神仙に触れたことがあれば、元始天尊(げんしてんそん)の名前はきっと聞いたことがあるだろう。道教では霊宝天尊、道徳天尊、そして元始天尊の三神が最高神とされ、総じて三清(さんせい)と呼ばれる。そして元始天尊は『老子』に説かれる「道」が神格化された存在でもある。
元始天尊の名は、古くは『淮南子』「天文訓」(えなんじ・てんもんくん)に「天一の元始」と記される。また『雲笈七籤』(うんきゅうしちせん)には、「万物の始めであり、さらに『道』の根本で自然に生まれたため、始めも終わりもない」という。こうした説明は時代を追うごとに様々な書物で詳しく説明されるが、いずれも至高神であることを述べる。他にも梁の道士・陶弘景(とうこうけい)が著した道教の神統譜である『真霊位業図』(しんれいいぎょうず)では「第一中位」、つまり最高神の位置に据えられる。現在でも各地の道観の三清殿(さんせいでん)に三神が祀られており、その姿を見ることができる。
さて『封神演義』での元始天尊は闡教の教主として登場する。姜子牙に崑崙山から下山して封神計画を進めるよう命じたのも元始天尊である。教主である元始天尊が截教の神仙と直接戦う場面は少ない。例えば十天君との戦いでは、十絶陣を順調に破る闡教の神仙達であったが、その最中に趙公明の三人の妹、雲霄・瓊霄・碧霄(うんしょう・けいしょう・へきしょう)が操る九曲黄河陣によって次々に捉えられてしまう。そこに元始天尊が下山し、さらに老子もやって来て、二人で容易く雲霄・瓊霄・碧霄を倒し、黄河陣を破る。また物語最後の封神の場面では、儀礼は姜子牙が執り行うが、姜子牙は元始天尊の勅命を代読しているに過ぎない。つまり陣没した仙道や諸将を神に封じているのは元始天尊であると言うこともできる。こうした描写からも、元始天尊が他の神仙よりも上の存在であることが強く印象づけられているように感じられる。
元始天尊は哪吒や楊戩、姜子牙のように強力な宝器や目を引く物語は少ないかもしれない。しかし、道教の至高神として、さらに『封神演義』では闡教教主として、その存在は威風に満ちている。
文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。