中国シニアの健康づくりと言えば、早朝の太極拳などが思い浮かぶが、実は夜の社交ダンスも人気の一つ。街中のビルやホテルに備えられたダンスホールの中には、社交ダンス愛好家で毎晩押すな押すなの大盛況になる所もある。とりわけ西洋の影響を強く受けた歴史を持つ上海市は、ダンスが盛んな地域として知られる。市内のホールを訪ね、現地のお客さんからダンスの魅力を教えてもらった。(吉井忍:フリーランスライター)
自由に楽しげに踊る男女
地下鉄「徐家匯」駅から徒歩5分の繁華街エリアにあるダンスホール「巾帼園(ジングオユエン)歌舞庁」。政府関連機構が管理する9階建てビルの3階にあり、エレベーターが開くと、さっそく中国のムード歌謡が聞こえてきた。入り口でチケット代8元(1元は約17円)を支払い、アルコール類が禁止の旨、そしてお茶が無料であることを教えてもらう。
平日の午後7時半、ホールは入り口近くにまで人があふれ、談笑とダンスに勤しんでいる。歌謡曲が終わるとABBA(アバ)の曲に変わり、ホールいっぱいに散らばる30~60代の男女が楽しげにチャチャチャのステップを踏み始める。中国でも〝国際標準舞(=ボールルームダンス)〟を習う人は多いそうだが、このホールはカジュアルな雰囲気でそれぞれが自由に、そして楽しげに踊る。華やかな雰囲気を放つ一人の女性に拍手を送ると、こちらを見てにこやかに笑いかけてくれた。この女性・碩(セキ)さんに話を聞いた。
「若い時から体を動かしたり、踊るのは好きだったけど、ダンスホールに通い始めたのは10年くらい前。今は仕事以外はダンス一筋よ。旦那はねぇ、麻雀や博打が好きで、ダンスには興味ないのよ。始めはひとりでダンスホールに来たんだけど、すぐに仲間ができて楽しいわ!」ダンス用の衣装はネットで購入するそうだ。値段も手頃で200元前後。上海のダンスホールとしては1932年オープンの老舗「百楽門(Paramount Hall)」がよく知られており、「東洋のパリ」、「東洋の魔都、背徳の街」などと呼ばれていた当時の上海において上流階級の社交場として機能していた。現在は個人レッスン付きで夜の会は800元という値段設定のためか、現地のダンス愛好家の評判はいまひとつ。碩さんも「あそこは会社の接待で使うところ」という認識だ。一方、こちらのホールは毎日通える庶民価格で、これも人気の一つだろう。
ホールに集う多彩な人々
碩さんの話は続いた。「上海にはまだこういうダンスホールは多いわよ。ここのホールは私のお気に入りで、よく来るの。音楽は私の好きなルンバがよくかかるし、全体的に清潔でしょ? 小さいとこだと汚かったり、ガラが悪いところもあるのよ。一回来ると、3〜4時間はいるわね。仲間と踊ってるとあっという間ね。ダンスホールに来るのはたいてい上海人。もちろん私もよ。他の地域の人はあんまり見たことがないわ」
「普段の仕事は食堂の経営。映画撮影所の敷地内にあって、仕事の方はあんまり忙しくないんだけど、場所柄いろいろなイベントがあるし、他のダンスサークルの発表会を手伝ったり、とにかく動き回ってる。若さと体型を保つにはダンスが一番だからね! 娘といると、姉妹と間違われるのよ。もうすぐ友達も帰るから、入り口でみんなの写真も撮ってよね!」
SNS通じて活発に交流も
ホールには実に多彩な人々が集う。碩さんのように昼間は勤めている人のほか、毎日パソコンを見ながら株の売買で儲ける強者、共産党党員を務め上げた老夫婦、そしてダンスの先生など。彼らの多くは微信(ウィーチャット=中国版LINE)などのSNS(ソーシャルネットワークサービス)を通じてつながっており、日々情報をやりとりしている。筆者も何人かと連絡先を交換したが、ダンスの動画や旅行を楽しむ写真が毎日のように投稿され、エネルギッシュに日々を過ごしている様子がうかがえた。
このようなダンスホールに若年層の姿は少ないが、だからこそシニア層が思い切り楽しみ、交流を深める場になっているのかもしれない。夜9時前になると、ダンスホールは一気に人が少なくなり、客たちが三々五々帰っていった。仲間や恋人と高級車に乗り込む人、ひとり電動自転車で帰る人、友人と腕を組んで地下鉄の駅に向かう人。それぞれが、家に帰って眠り、それぞれの昼間を過ごし、夜になると再びめぐり合う。上海ライフの奥深さが感じられる夜となった。(初出:ROADSIDEs Weekly)