「巳年」の話から
1月29日は中国の「春節」(旧正月)である。2025年は日本語では「巳年」であるが、中国語では〝蛇年〟という。さらに日本では、公歴の元旦を過ぎれば、すでに「巳年」になっているが、中国では、この春節を過ぎて初めて〝蛇年〟になるのである。それで、SNS上では、「巳年」と書いたら、〝蛇年〟だね、すでに「巳年」になったと言ったら、まだだね、とのバトルがあるようである。
日本では、漢字表記の「巳年」は、ネット上では「みどし」と「へびどし」の両方の読み方が確認できる。しかし、これは俗的な言い方で、正しい表記は「乙巳年」である。そしてこの「乙巳」という漢語は「おっし」や「いっし」と読むが、日本語的には「きのとみ」と読む。「乙巳」は中国の昔からある干支の言い方である。
干支とは、十干(甲乙丙丁戊己庚申壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)との組み合わせのことで、昔からこの2つの組み合わせで年月日などの記録に使われていた。甲子、乙丑……というふうに組み合わされるが、紀年でいえば、60年に1回めぐってくる。つまり、例えば、甲子から始まり、60年過ぎれば、また甲子の年になるのである。甲子はこの組み合わせの最初で、野球で有名な「甲子園球場」の名称も、完成した年は1924年、ちょうど甲子の年に当たったからである。そして、2025年は、干支では「乙巳」の年に当たるのである。
「辰巳」か「辰己」か
前から、日本人の名字に「辰巳」という興味深いものがあることは知っていた。「辰巳」というのは干支でいえば、十二支の5番目と6番目の組み合わせで、東南という方角を指している。
しかし、「辰己」という名字もあることは知らなかった。今通っている、とある大学の学生に、「辰己」という名字を持つ学生がいるのに驚いた。日本人の名字にも古い歴史があるが、多くの人が名字を持つようになったのは、明治維新後のことである。おそらくその頃から、「辰巳」とか「辰己」といった姓が広く使われるようになったのだろう。しかし、あくまでも、「辰巳」は干支とかかわりを持つが、「辰己」は何なのか、ちょっとわかり難い。邪推だが、当時の役所の係の人は、漢字を書き違えたりしていたと聞いているが、これもそのせいなのだろうか。
なお、名字・姓だけでなく、名前にも「辰巳」ではなく、この「辰己」を使う人がいるようである。読み方は「たつみ」で「辰巳」の意味だろうが、表記は別なので、何らかの特別な意味が込められているのかもしれない。
時は辰の年から巳の年になった。今年度は「巳年」、つまり〝蛇年〟である。中国人には、蛇が気持ちが悪いというイメージがあるということで、特に自分の生まれ年のことを言う際に、蛇のことを言わずに、 〝小龙〟「小龍」と言ったりする。
身の回りのものはどれもこれも文化とかかわりを持つのである。
(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)