中日の「座・坐」について
新緑が鮮やかになり、縁側があれば座って緑いっぱいの庭を眺めたくなる季節になってきた。今回は、「座る」をめぐる話をしよう。
中日両言語に共に「座」という漢字を使っている。しかし、中国語で動詞として使う場合、まだれのない“坐”を用いる。“坐”は元々人が筵に跪くのをかたどった会意文字で、後に土の上に座る形になった。それが座る場所の意味に用いられるようになり、“座”の文字が作られ、「席」の意味、つまり名詞として使うようになる。「座席」の場合、座る席という意味なので“坐”が正しいが、“座”を使っても許される。日本語の「座席」は、中国語では“坐位”、“座位”の両方が用いられる。
ところが、現代日本語の場合、名詞動詞問わず「座」を用いる。「坐」は常用漢字でない人名用漢字なので、普通用いられない。しかし、劇団や劇場などの意味の場合、例えば、中日文化交流の面で大きな役割を果たし、筆者が北京で観劇もした劇団「はぐるま座」は「座」を用いるが、東京・池袋にある映画館「新文芸坐」は「坐」を用いている。これは固有名詞としての使い方である。
中国語の“座”
中国語の“座”は、基本的に名詞としての使い方しかない。座席の意味としては「上座」「下座」のように中日共通であるが、中国語では、その座(地位)にいる人を指す接尾語的な用法がある。
かつて中華民国の時代、軍隊では上級の将校に対し“座”をつけて尊敬の意を表していた。軍団長、師団長、旅団長などには“座”をつけて、“军座”“师座”“旅座” と呼ぶなど。当時の革命軍事委員会委員長の蒋介石氏は“委座”と呼ばれた。 “~座” は「〜殿」の意味にあたるであろう。
新中国誕生後、これらの呼び方は廃れ、戦争映画の中でしか聞かれなくなったが、対外改革開放政策が実施された80年代頃から、だんだん一定の地位につく役人に用いられるようになった。よく耳にするのは、司長、局長や日本の課長に相当する“处长”「処長」に対しての、“司座”“局座”“处座”である。
件の“太座”は近年使うようになった言葉で、ネット上でしばしば見られる。奥様の“太太”に、“座”をつけたものである。相手の奥様のことを言う場合に使うのが普通だが、自分の妻のことについて言う場合もある。自分の妻について言う場合、いささか揶揄のニュアンスがあるので、読む人にはにやりとくるところだろう。
人がある場所・位置にいて、その場所・位置の言い方がその人を呼ぶ呼び方として用いられるようになるのは、日本語の「奥様」が典型的な例だが、中国語の“座”は及ばずながら似たような役割があるようで、興味深いことである。
(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)