猿も滑り落ちそうな「百日紅」

2021年9月1日号 /

「百日紅」と“紫薇”

確か、最初に日本に留学に来た時のこと。日本語学校の先生に引率されてどこかの公園を訪れたら、百日紅の花が咲いていた。これは何の木かと尋ね、その日本語の読み方を聞いたとき、思わずなるほどなと思った。「サルスベリ」というのだった。その幹の皮がすべすべしているので、猿もすべり落ちてしまうというなら誰でも納得することだろう。

百日紅は、中国南部原産と言われ、南ア諸国やオーストラリアにもある。夏から秋にかけて長らく花を咲かせるので、まさに漢字表記の通りである。漢字表記は「百日紅」だが、実際、紅色だけでなく、紫や白などもある。日本語では、百日紅のほか、「猿滑り、紫薇花」という表記もある。「猿滑り」は上述の猿も滑りそうな幹の形容から来た和名であるが、漢語名は「百日紅」または「紫薇」である。

 

「紫薇」は長安にあった「紫微省」の名前に

日本語の漢語名からも分かるように、百日紅は紫薇ともいう。紫薇の花は、かねてから中国人、中でも文人に好かれたらしい。例えば、唐の大詩人白楽天(白居易)の詩に、「紫薇花対紫微郎」(紫薇の花は対する紫微の郎)というのがある。白楽天は中書舎人で、所属する中書省には紫薇がたくさん植えられていたため、紫微省と名前を改められたと言われている(紫薇は紫微に通じる)。なお、紫薇という日本語読みは聞こえがそれほど良くないかもしれないが、“紫薇”という中国語読みは聞こえがよく、女の子の名前になることもよくある。

“百日红”は、中国語では通称であるが、『現代漢語詞典』では見出し語にはない。植物名としては紫薇であり、その花は「満堂紅」として挙げられている。

百日紅の中国語名もいろいろあるが、中でも一般の辞書には載らない、“痒痒树”という言い方はとても気になる。中国では、その幹を爪で軽く掻けば、木全体がかすかに揺れるので、くすぐられて「痒い痒い!」と震えているように見えるということから、そう命名されたのだという。

すべすべした幹の状態から「猿滑り」という名称になったのに対して、爪で掻くとかすかに揺れることから“痒痒树”という名前を持った。観察する角度は違えど、常に自然界に関心を持つ人間の営みは太古の昔から変わっていない。これからも樹木という我々人間の最も近くにある自然界を大事に見守っていきたいものである。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)

※“紫薇”“痒痒树”などの中国語読みは、伝わりやすさを考え、ピンインではなく仮名表記にした。