卵と“蛋”の話
日中両国の人々の食生活に欠かせない食品に、タマゴがある。これまでも折に触れ、タマゴの話をしてきた。しかしタマゴの表記に関しては、両国では微妙な違いがある。
一昔前のことだが、まだ中国語がそれほどできない日本人留学生が北京でタマゴを買いたいと思って、店の人に「買玉子」(タマゴを買う)と書いた紙を見せた。店員は頭を横に振った。漢字を間違えたと思い、今度は「買卵」と書き直した紙を見せた。店員は頭を横に振ったのと同時に、表情も変だった。なぜか…。学生が商品棚を探すと、タマゴがあったので“这个”「これ」と言って見せたら店員が噴き出した、という話があった。
日本語では特に鶏の卵を「玉子」と書く場合があるが、これはあくまでも日本人の創意で、タマゴの発音をまね、上品に表現するためのもので、漢字国の中国では分かる人がいなかった。また、「卵」は中国でも使われる文字だが、現代中国語では、ほかの言葉と組み合わせた熟語にしなければ、理解不能になってしまう。
中国語を専攻するある大学2年生に“下蛋”(卵を産む)という中国語を見せ、日本語訳を求めたら、分からないという。“下”「産む」の意味は分からなくても、“蛋”の意味は分かるだろうと質問したら分からないという。確かに、日本語の常用漢字ではないが、中国語専攻の2年生だから、卵の中国語の言い方ぐらいは分かるだろうと思ったが、違ったようだった。
中国語の「タマゴ」
タマゴの中国語は“蛋”である。朝食で茹で卵“煮(鸡)蛋”や目玉焼き“煎(鸡)蛋”を食べたり、生卵“生(鸡)蛋”をご飯にかけて食べたりする。昼食には月見うどん“生(鸡)蛋荞麦面”や親子丼“(鸡)肉(鸡)蛋盖饭”、夕食には卵とトマトの炒め物“西红柿炒鸡蛋”や卵焼き“煎(鸡)蛋”のお寿司を食べる。中華を食べる場合、茶碗蒸し“(蒸鸡)蛋羹”も付きものである。これらの場合、メニューの翻訳は別として、中国語では、全部“蛋”という文字が関わる。
ちなみに、「蛋白質」の「蛋」はどういう意味かと、上記の学生たちに聞いたが、やはり分からないという。日本語としては、「卵白」という語はよく知られるが、専門用語の「蛋白質」では「蛋」を使っている。
日常に現れるこの中日の違いをより多くの人に知ってもらいたいものである。
(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)