“躺平”の話
今年、中国で流行っている言葉に“躺平”がある。“躺”は日本語では用いられない漢字の1つで、「横になる」「寝る」という意味。“平”は漢字そのままの意味。全体で「平らに寝る」だが、日本語にすれば「寝そべる」と解してよかろう。
この“躺平”の流行は、コロナの影響もさることながら、経済の不振で大卒や修士・博士卒の就職への不安などが背景となっているらしい。若者たちは、どう頑張っても就職できない、会社で昇進できないということで、むしろ、横になって、寝そべった方が気楽だというのである。
この語が出るや否や、たちまち中国だけでなく日本でも喧伝された。批判的に取り上げられることもある。
日本語の「おたく」が元祖か
1970年代後半、初めて日本留学に来てすぐ、日本の若者はだらしない、と教えられたことがあった。日本経済の高度成長期が終わり、特にオイルショック後の若者は「無気力・無関心・無責任」の三無主義の風潮があったという。仕事には無気力、政治には無関心、社会には無責任で、どんなことをしても「しらける」と言って、総じて「しらけ世代」と言われた。
バブル崩壊後、「格差社会」や「貧困」が大きなテーマとして取り上げられた。21世紀になると、『下流社会』(三浦展)という本が出るほど、日本の若者には「下流」階層に属する傾向があった。本の前書きに「下流」となる要素が挙げられており、「面倒くさがり、だらしない、出不精」「一日中家でテレビゲームやインターネットをして過ごす」「未婚である」などとある。
21世紀初頭に、台湾、後に大陸に広がった日本語の「御宅(おたく)」は、最初日本語に似たニュアンスであったが、少しずつ意味が変わり、世間と接触せず、もっぱら家に閉じこもる男という意味の“宅男”「宅男」という語が生まれた。女性にも汎用され、“宅女”という語もある。それが、“躺平”に繋がったような気がする。
「今の若者は~」と古の人は言うというのがあるが、どうもそれは都市伝説のような話らしい。お年寄りの話というより、若者自身が何かを求め、「三無主義」や“躺平”になるのだろう。“躺平”は、「三無主義」より50年ほど遅れて現れた。しかし、すべての若者がそうとは限らない。いつの時代にも、若者たちはそれなりに悩みを持ちつつ、それなりに踏ん張って、その時代を変えていく。決して諦めない。
(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)