中国人的热情
中国留学から帰ってきて2ヶ月も経たず再び中国に行けることになるとは思いませんでしたが、今回の訪中を通して私はやはり中国が好きだと確信することができました。正直に言うと、福島の処理水の海洋放出が始まってから中国のS N Sがかなり荒れていたので訪中することに恐怖感が湧き始め、さらには好きになった中国のことを嫌いになってしまうのではないかという心配すらもありました。ですが、その恐怖感も心配も中国に着いてからすぐに払拭することができ、今回の訪中でも私が好きになった中国を再び体感することができました。
私が特に好きな中国の要素は彼らの“热情”です。中国留学中には、春節に自宅に招いて豪華な食事と白酒でおもてなしをしてくれた現地大学院生とそのご家族の方がいたり、言語交流アプリで知り合った湖南省の大学生が彼の家に泊めてくれたり、私の誕生日に海底捞で誕生日会を開いてくれる現地学生がいたりと、日本では経験したことのない中国特有の“热情”を体験してきました。今回の訪中は世間的には日中友好のムードではない中でも、日本のドラマが好きと言ってくれる優しいガイドさん、休日にも関わらず開園してくれた豫園の職員の方、上海理工大学と北京第二外国語大学の学生さんなど、たくさんの方の“热情”のおかげで1週間の文化交流を楽しむことができました。大学の交流中には、日本語を学んでいる学生と友達になれたり、研究しているものを体験できたりと有意義な時間を過ごすことができました。特に、北京第二外国語大学は急な変更にも関わらず、アイスブレイクやグループディスカッション、お菓子などの準備をしてくださっていて温かいもてなしをしてくれたなと感じました。
留学をしていた時もそうですが、今回の訪中でも感じたのは相手の国の言語を話せるだけで相手の対応だったり、態度だったりが変わることがあるのだなということです。今回の訪中には中国語をあまり話せない学生が多くいましたが、その学生が一言中国語で“你好” “谢谢”と言うだけでスタッフさんやガイドさんが笑顔になり、積極的にサービスしてくれるところを何度か見かけました。私の大学の建学理念に“言葉は世界をつなぐ平和の礎”というものがあるのですが、まさにその通り言語が人を繋ぎ、最終的には平和に繋がるのではないかなと実感することができました。なので、私は4年間第二外国語として学んできた中国語を活かして、私が大好きな中国ドラマや中国料理などをネタにこれからも中国の方と友好的な関係を築いていきたいです。また、私は中国語でスピーチをすることが好きで、来月にも中国語検定協会が関西大学で開催する中国語スピーチコンテストに参加することが決まっています。私は私が大好きな中国の要素“热情”の魅力や今回の訪中で訪れた観光名所の魅力、中国の食文化などをスピーチにして多くの日本人に届けたいと思っています。さらに、私は来年の卒業後から上海の日本企業で働き始めるので、中国語の勉強を頑張るだけでなく、異文化理解、日中の文化発信にも取り組めたらと思っています。
この度は貴重な文化交流の機会をくださりありがとうございました。
中国理解の第一歩となった訪中団
私は現在在学している大学で中国語を専攻しているが、私は今回の訪中団で初めて中国に渡航した。今まで中国への渡航経験がなく中国についての知識を得る機会は高校・大学での授業や日本のメディアを通してのみであったため、訪中団を通じて中国に対するイメージがかなり変わった。大きく分けて、中国の体制に対するイメージと中国人に対するイメージである。
中国の体制について、私は漠然と情報統制・情報管理が厳しいというような意識だけ持っていたが、実際に中国にいると様々な場面でどのようにそれが行われているのか具体的に知ることができた。例えば、国内の公共交通機関を使ったり文化財を見学したりするのにも身分証明書が必要なことや、日本に比べて、特に北京では町中に多くの監視カメラが設置されていること、日本では普通に接続できるサイトに中国ではグレートファイヤウォールにより接続することができないことなどである。このように、おおまかにしか聞いたことのない中国の様々な側面を実際に自分の身で体感し、理解が深まった。
さらに、現地の人々との交流を通じて、私はそれ以前に持っていた中国人に対する偏見や誤解を克服する機会を得ることができたと考える。具体的な経験として、上海理工大学と北京第二外国語大学への訪問で、現地の学生たちが非常に友好的な姿勢で接してくれたことがある。日中関係が一部で悪化しているとの報道を聞いていたため、予想外の温かい歓迎に感銘を受けた。また、万里の長城や北京日中イノベーション協力モデル区などの見学先でも、一般の方が歓迎の意を示してくださった。この経験により、私が以前「日本人」と「中国人」というような、それぞれが所属しているコミュニティーによって偏見を持ってしまっているということを痛感させられた。さらに、中国人と交流する場合に限らず、関わる相手の所属コミュニティーの捕らわれず、お互いに個人として尊重しあうことが重要であると学んだ。
中国を訪れた経験は、大学で中国語を専攻する私にとって、大学で中国語や中国の文化を学ぶ上で非常に価値ある糧となったと考える。言語面でいえば、教科書や教室内で学んでいた知識が実際の会話や日常生活で生かされる機会となった。また、上海と北京に訪れたことで上海と北京の方言やアクセントの違いを聞き取る経験も貴重だった。さらに、中国文化への理解も深まった。中国を訪れることで、歴史的な遺産に触れ、中国の文化に対する洞察力が向上し、これにより、言語と文化が不可分であることを理解することができた。そして、個人的な成長の面においても、異なる文化や価値観に触れることで柔軟性や対応力が向上し、国際的な視野が広がったように感じる。このように、中国を訪れた経験は、言語、文化、そして個人的な成長において大きな糧となり、今後の大学での学びがより豊かなものになるだろう。この経験は、中国を理解し中国と私がどのように関わっていくかを考える大きなきっかけとなっただけでなく、将来のキャリアにおいても価値のある資産となるのではないだろうか。
中国とこれからのわたし
今回が私の初めての訪中であったが、初めて見る中国に私が感じたことは、中国は本当にとても大きいのだ、ということだ。私は大学に入学して約一年ほど中国語に加え、中国の政治や文化、歴史など幅広く中国について学習してきた。中国についていろいろ知った気になっていた部分がとてもあったが、実際は私がまだまだ知らない部分があるということを知った。中国は広い国土を持つという意味でも大きいし、中国は多くの魅力を持っていることに気づいた。
例えば、上海や北京は世界でも群をぬいたスピードで発展を遂げた街であるということができる。それらの都市は人々の生活や環境を考えて設計されたもので、私たち日本人が創造している以上にクオリティの高いものを創り上げる技術を持っていた。また、北京で行った万里の長城や故宮のように長い歴史を持つことから、王朝ごとに特色のある防御設備や衣装(今回の故宮旅行では清朝特有の朝珠を作成した)など、興味深い文化が存在していた。さらに、今回の訪中ではたくさんのおいしい中国料理にであったが、地域によって味付けや普段の食生活(北京では水餃子が主食として 1 週間のうちに必ず食べる機会があることなど)にも違いが出てきていた。
いちばん私が驚いたことは、中国にも日本との友好関係を維持したいと思ってくれている人がたくさんいたことや、日本に興味を持って日本語や日本の文化を勉強する人がたくさんいることである。最近の日中関係はあまり良いとは言い難いものであるという印象を受け、訪中するにあたって不安に思うことあった。しかし、現地に到着すると中日友好協会やガイドの方をはじめ、多くの方が私たち日本人を歓迎してくださった。国同士の政治的なすれ違いや、ある一部の反日感情を抱く人々だけに私たちは注目しがちであるが、私たちがもっと重視しなければならないのは心の底から日本と友好的な関係でいることを望んでくれている人たちがいるということではないかと考えた。一般人同士の関係は政治的な対立は抜きで築くことができる。政府同士に頼るのではなく、私たちが積極的に相互理解に努めることでこれからの日中友好に貢献できるのかもしれない。
この訪中団を終えて、私は今後自分が日中友好のために何ができるのかを考えるきっかけができたと思っている。自分の目で本物の中国を見たことによってさらに中国を知りたいと思えた。今すぐに私ができるのはもっと中国について勉強して、中国の人との交流を絶たないことだと考える。私が知らない世界を中国はまだまだたくさん持っていると思うし、私が今回行ったのは中国の一部でしかない。日中両国は対立している部分だけでなく、もちろん協力して取り組んでいることもたくさんあると思う。まずはそのようなことを自分が知って、それをどのように日中の国民に知ってもらうかを考えていきたい。最終的には、多くの人が自ら進んで日中友好に協力したいと思えるような環境を作っていきたい。最後に、このような素晴らしい機会を与えてくださったすべての方に感謝を述べる。
私が見た中国
私は中国に行くのは今回が初めてでした。中国に行く前に私が想像していた「中国」と私が実際に見た「中国」は違うものでした。上海の浦东空港につき、バスに乗ってホテルに移動する間、窓から見える景色に圧倒されました。数えきれないほどの高いビルがあり、中には建設中で上半分しかないものや、鉄筋むき出しのものもあり、「これが中国か!」と思いながらずっと窓を見ていました。中国が大きいということは知っているつもりでしたが、中国という国は私が想像していたよりずっと大きく、また私の想像を遥かに上回る大きな規模で発展しているんだということを感じました。今回の訪中では、上海と北京の2つの都市を見学しました。上海や北京といった発展した都市の中にも、豫園や万里の長城、紫禁城などの歴史的建造物が多く保存されており、現代的な中国を体感すると同時に、中国がもつ歴史の長さも実感することができました。本場の中国料理のおいしさ(特に北京ダック)や、雑技団のパフォーマンスにも驚かされましたが、1番私の想像と違っていたのは中国の方々の私たち日本人に対する反応でした。中国へ行く前は「日本のことを良く思っていない人が多いだろう」と思っていたため、私たち日本人が受け入れてもらえるのか不安でしたが、今回の訪中を通して、中国人の温かさにたくさん触れました。街のスーパーで中国語がわからず困っていた時には、見知らぬ中国の方が助けてくれました。また、上海理工大学と、北京第二外国語大学の学生と交流をした際も、言葉が通じないことはあっても、「私たちと仲良くなりたい」と思ってくれいていることは確かに伝わってきて、素直に嬉しいと思いました。今回の訪中で私たちと、中国の学生をはじめとする中国の方々の間に生まれた小さなつながりが今後の日中友好につながっていくのだと思います。
中国は日本の隣国ですが、どこか遠い国だと感じている人が日本には多いように思います。確かに、文化の壁、言語の壁、そして先の大戦が残した遺恨など、様々な問題を抱えているため、互いにどこか遠くに感じてしまうのも仕方ないかもしれません。しかし、一歩踏み出して、中国人の温かさに触れることで、きっとその考えも変わると思います。また、中には中国をどこか遠い国どことか、怖い国だと考えている人もいるでしょう。それは、中国を知らないことからくる怖さだと思います。中国と日本は、引っ越すことができない隣人だとよく言われます。盲目的に、いい面だけを見ようとする必要はもちろんありませんが、むやみに恐れたり、拒絶したりする必要もないと思います。中国は大国ですから、日本にいても中国に関するニュースや情報はたくさん流れてきます。その中には、偏見が含まれているもの、悪意のあるものもあると思います。互いに「良き隣人」として今後付き合っていくためには、自分の目で見て、自分の頭で考えることを大切に、素直に向き合うことが重要だと思います。
7日間で学んだ「日中友好」の意味
私は現在東京外国語大学に在学しており、中国の言語、文化について専門的に学習している。ゼミでは学んだことを活かしながら、主に中国メディアの報道について社会的側面から研究を進めめている。
私が今回中国への派遣に応募した理由は、研究の性質上「生きた」中国を見る必要があると感じたためである。私を動かしたのは、学びを深めていく中で感じたとある「違和感」だ。
学習や研究を行う際、私は大量の各国・地域メディアの記事を用いて情報収集を行う。調査したい一つの事象・事件を、できるだけ多くの視点から立体的に捉えるためである。
ところが、いつも同じ点で躓く。みな同じ事件を報道している筈なのに、賞賛や批判、意見が入り混じっている。これは極度に右・左に偏ったメディアが、脚色・思想の反映を辞さない体制をとることがあるためである。こうした「歪んだ」情報ばかりでは、はっきりとした像は見えてこない。
「メディアを通して見た中国は、本当の中国だろうか?」
大学に入学して中国人教師と交流したりメディア研究を進めていく中で、私はふとこんな違和感を抱くようになった。そして、メディアを介さない、信じられる「本当の中国」を見たい、との考えに至った。そんなとき、ゼミ担当の教授から今回の派遣について紹介・推薦をいただき、参加を決めた。
今回の旅行の意義は、中国の文化と社会を肌で感じ、中国の若者と交流して理解を深め、日中の友好を築くきっかけにすることだと捉えている。しかし、一筋縄ではいかないと感じることも何度かあった。
現地のスーパーマーケットに寄った際、買い物を終えて外にいた同じ号車の人と日本語で話していたところ、通りを歩いていた複数人から非常に鋭い目で睨みつけられた。他にもクラクションを明らかに意図的に鳴らされたりした上、私の友人はスーパー内で老人に悪態をつかれて押しのけられた、と話した。
北京の抗日記念館では、日本軍が過去に行った忘れてはいけない歴史を目の当たりにした。日本側が所持していないであろう資料の多さと目を背けたくなるほど惨い写真、そして堂々たる主張に、私はただただ戦慄させられた。何よりも印象に残っているのは、日本軍の撤退、即ち中国の勝利を主張するコーナーであった。ここではガラス張りの地面の下に日本国旗が敷かれ、踏んで通る構造になっていたことにショックを受けた。
こうした一連の出来事は、「日中友好」が決して安易な言葉でないことを私に教えてくれた。文化的、地理的な近さは友好関係を築くのに打って付けだが、同時に支配・戦争といった悲劇を生む温床にもなり得る。この言葉の深さに今まで気づけなかった自分を恥ずかしく思った。
しかし、抗日記念館は悲劇のままで終わらなかった。恐る恐る最後の展示を読むと、「日中友好関係」の文字が目に入った。去年50周年を迎えた1972年の日中国交正常化に触れ、日本と中国が政治的、文化的に共に歩み始めたとの旨が書かれていた。どんなに重い歴史があろうとも、両国の友好関係はこれからの未来に託されているということを、この展示が思い出させてくれたのだ。
実際、上海理工大学と北京第二外国語大学で学生と交流した際、日本語を中国で学んでいる人が想像よりもたくさんいることに驚いたし、相手が日本へ持つ興味の度合いも極めて大きかった印象がある。二号車を担当してくださった上海と北京それぞれのガイドさんも、日本の言語、そして文化に強い興味を持ってくれていて、なんだか温かみを感じた。日中友好を築く上で「文化」や「歴史」は確かに大事だけれども、私は「人」の関係こそ日中友好の柱になっていくのではないかと、この7日間で強く感じた。
私は現在3年生で、就職活動を始めている。目指している業種は主に国際輸送、ロジスティクス系である。現在大学で学んでいる中国語を仕事にも活かしたいという思いから、中国に拠点を持つ企業を中心に選んでいる。就職後は研修を受け、できれば中国へ現地滞在したいと考えている。今回この派遣で得た知見を一生忘れることなく、流通という形で長期的に日中友好の架け橋となることが、私の新たな目標である。
訪中して触れたもの
私は大学入学前から中国のドラマを見ていた影響で中国という国の伝統や文化が大好きでした。大学に入学して、機会があれば必ず中国には行ってみたいという気持ちがあったので今回の訪中団に応募することに決めました。
日本と中国の関係性を考慮すると、私たちが訪中しようとしていた時期は福島県の処理水問題の影響で中国国内の反日感情が高まっている頃でした。私は福島県出身なので、私たち日本人に対して中国人の方がどのように接してくれるのかという部分に注目してみようと考えて過ごしていました。両国の情勢も踏まえて、私たちはほとんどバスの外の一般の市民の方々の生活の中に溶け込む機会は少なかったですが、一度だけスーパーで買い物したとき、中国人の方々はとても興味深そうに私たちを観ていて私自身もドキドキしていました。しかし入ってみると私たちにおすすめの商品を教えてくれたり、お会計の場所を教えてくれたり、親切な方が多いなと感じていました。さらに、会計を終えて店の外に出てみると私たちが入店前にあった男性客がおり、私たちに話しかけてきてくれました。その方は私たちがバスに乗り込んで出発するまで見届けてくれて、手を振ったら振替してくれました。たった 30 分ほどしか顔を合わせたことがないのに多少言葉が通じなくてもつながれる部分はあるのだなと実感しました。
私が最も驚いたのは上海の景色でした。上海に滞在していた際によく上海の都市計画について目にする機会が多かったですが、東京よりも発展しているなと感じました。東京の夜景やビルなどの建物の町並みは近代的だしとても美しいですが、上海は私が観たことのあるビルの景色ではなく、まるでSF映画の世界にいるように感じました。ビルはほとんどがライトアップされ、上海タワーは見たことのないユニークなデザインになっており、遊覧船で1周してみたら 360 度美しい夜景に囲まれていました。ライトアップにはもちろん電気代がかなりかかるだろうと思いますが、やはり経済力を持つ中国だからこそ持つことのできる美しい景色なのだろうと思いました。
私が感動したのは中国のホテルや料理店での接客やおいしい料理です。まず、ホテルの従業員の方々は朝ご飯のバイキングに向かうといつも日本語で「おはようございます」 や、「ありがとうございました」と声をかけてくれました。日本以外の国に来ていて、緊張している私たちにとって、母国語を耳にすると落ち着く部分はあるし、そのおもてなしに本当にうれしい気持ちになりました。また、料理に関しても、私たちに本場の中華料理を味わってもらおうと様々な材料をふんだんに使用しておいしい料理を提供していただきました。
私は中国に行く前は中国は怖い国だという印象があり、私の親も心配していましたが、実際に行ってみたら中国人の方々は温かい人が多い印象で、考え方が 180 度変わりまし た。実際に訪中した日本人として、中国や中国人の方に対する思い込みは正したいと思ったし、私たちが触れた温かい部分を多くの日本人の方に知っていただきたいと思います。
訪中を通して感じたこと
まず初めに、訪中団の推薦をしてくださった続先生、団長をはじめとする先生方に心より御礼申し上げます。
中国は人口が多く、学んでおけば将来役に立つのではないかというふんわりとした理由から中国語学科に入りました。また、大学に入る以前から中国に接点があったわけではなく、将来の人生設計なども考えていなかったので、モチベーションがありませんでした。目標とする試験に合格するために勉強していましたが、意志が弱くあまり続かず中国語学科に入ったことを少し後悔していました。しかし、三年の前期の授業後に先生から訪中団のお声がけをいただき、すぐに参加したいと決心しました。
初めての訪中はとても充実した七日間で、楽しい思い出ばかりです。美味しい料理や、上海のきらびやかな街並み、万里の長城、大学生との交流など、個人旅行ではできない体験もたくさんできました。訪中までに、中国語の文法や単語だけでなく、文化や文学、政治、経済など様々な視点から中国について一通り学んでいたつもりでした。しかし、教科書や先生を媒介した情報や写真を目にするのと、自分の目で見て体験することでは、受ける印象が大きく違いました。
今回の訪中では特に食事の違いが興味深いと思いました。毎回の食事で食べきれない量の料理が出てきました。食べきれず、もったいないなと思いつつ、私たちを歓迎してくれていることが分かりました。また、ほとんどの食材に火が通されており、キュウリも炒めてあったのには驚きました。大昔から交流のある隣国にもかかわらず、両国の文化は違うと身をもって実感しました。文化が違うと礼儀や厚意の伝え方も少しずつ違うと分かり、相手の文化を知りお互い歩み寄ることが大切だと感じました。
中国語勉強の意欲も以前より高くなりました。特に二つの大学訪問を通して日中両方の大学生と交流し、刺激を受けました。私も自分の好きなことや、日本のおすすめの場所などを好きなタイミングでもっと話せるようになりたいと思いました。中国の方と話す機会も今回がほとんど初めてで、自分がいかに話せないか身に染みて分かりました。伝えたいことやもっと話したいことがあったのにどのように表現したらよいのか分からず、相手の話を聞くだけになってしまった時もあり悔しかったです。試験のために学ぶのと同時に、実際に自分が使う場面を想像しつつ中国語に触れていこうと思いました。そして、大学生交流の際に三人とWeChatを交換し、その中のひとりとは今でも会話が続いているのでうれしいです。外国に気軽に話せる友達ができたのは初めてなので、今後も大切にしていきたいと思います。
今回の一週間で、毎食の豪華な料理や大学訪問、社会情勢を鑑みた手厚い警備、施設の貸し切りなど中国側のすてきな歓迎を受けることができました。訪中したことで私の中の中国の印象が変化し、また中国に行ってみたいと強く感じました。また、留学されたお三方とお話ができ、以前より留学したいという思いが強くなりました。今回は訪問することができなかった南京や、龍門石窟などの世界遺産も見てみたいです。
中国のイメージ
今回の訪中を通して私の中での中国のイメージが大きく変わりました。
私の中での中国は日本を嫌い、反日運動が多く起こっているものだと思っていました。また、今回は東日本の処理水の問題もあり、日本に対するイメージがかなり下がっている時期でもあったので、正直中国に行くのがとても怖かったです。
しかし、実際に中国を訪れると、全員が反日な訳ではなく、日本を好きと言ってくれる中国人も沢山いることが分かりました。 特に、今回交流させてもらった上海理工大学、北京第二外国語大学で日本語を学んでいる生徒は日本のアイドルやドラマ、アニメなどの影響で日本を好きになり、日本語を学びはじめたという学生が多く、彼らと話しているとみんな日本が好きというのがとても伝わってきました。また、中国の店員さんなどはとても冷たいイメージがありましたが、実際は私たちが日本人と知っても優しく接客してくださり、温かさを感じました。そして、今回の訪中では、我々の訪問先や宿泊先のホテルなどで中国の警察の方が私たちを見守ってくださいました。また、突然の予約にもかかわらず、100人分の上海から北京までの飛行機を受け入れてくださった航空会社の方々も我々を歓迎してくださり、私たちは多くの中国の方々のおかげで事故なく訪中を終えることができました。日本を好きと言ってくださり、我々を日本人という理由で嫌わず、支えてくださった方々と出会い、感動しました。
日本の中国に対するイメージは反日であまり良くないと思います。それは日本のメディアが大きく関係していると思います。日本では反日活動している中国がよく報道されます。もちろん実際に怒っている事だと思うのでそれらが報道されることは仕方のないことだと思います。しかし、私が自分の目で見た中国は日本を好きと言ってくれる人もとても多い国でした。日本のメディアが反日活動をする中国だけではなく、日本を好きと言ってくれる中国も報道してくれれば、日中の溝は今ほど深くなくなるのでは無いかと思いました。
今回の訪中を通して私の中の中国のイメージが大きく変わりました。また、私自身も大きく変わることができたと思います。私は普段学校で中国語を学んでいますが、拙い中国語を話すことは恥ずかしいと思ってしまいます。そのため、学内の中国人留学生と話したいと思っても勇気がでず、話しかけることを諦めていました。しかし今回の訪中で関わった日本語を堂々と話している中国人の方々を見て自分もそうなりたいと思いました。これからは間違えているとかはあまり気にせず、堂々と中国語を話していきたいと思うようになりました。
今の私にできることは自分の目で見たありのままの中国をできる範囲で周りに伝えることだと思います。そして今回の訪中で終わらず何度も中国を訪れ、自分の中の中国のイメージを毎回更新していくことだと思います。そのために、大学生活で自身の中国語力をより上げていきたいです。
中国の「おもてなし」
14歳、中国映画に魅了された時から、訪中はかねてよりの夢だった。直前の社会情勢により家族から心配の言葉もかけられたが、実に約10年越しの念願が叶うということで、私は期待で胸がいっぱいだった。上海の空港に降り立ち、中国俳優がバーンと映されたブランドの広告が目に入ってくると、いよいよ実感を持ち始めた。
恋焦がれた中国の風景は、どれも新鮮に私の目に映った。バスが走っても走っても続く高層マンション群、校庭に集まるジャージ姿の子供たち、車線の多い広い道路、日本とは比べ物にならないほどのバイク乗車数、赤い布地に書かれたスローガン、社会主義の核心の単語が並べられたポスター、建物の一階に軒並ぶ美味しそうな飲食店、顔認証で買える自動販売機……。
ガイドさんから「上海の風景はカラーテレビ、北京は白黒テレビ」という言葉を上海で聞き、最初は何を言っているのだろうと思っていたが、北京に行ってその意味がやっと分かった。北京の風景は、白い。ビルもなんだか落ち着いた色味。私たちの滞在期間ずっと曇りだったというのも相まって、まるで水墨画のようだった。
今回最も印象深かったのは、やはり中国人民抗日戦争紀念館の訪問である。ガラス張りの床の下に、銃と日章旗が敷き詰められその上を歩くあの息を止めたくなる感覚。二日前には日中交流晩餐会で華々しい両国の交流を見ていたのに、過去の暗い歴史というのは依然としてあり続ける。そうした過去がありながらも、今こうして私たちが訪中できていること、かつこのようなセンシティブな場に日本人が平和的に訪れることが出来ていることは、日中友好協会をはじめとする先人たちの努力のおかげだということを忘れないでいたい。
さて、滞在中の食事はほぼ円卓料理を頂いたがこれがまた美味しい。感動したのはセロリの炒め物である。箸が止まらなかった。が、他にも沢山あれよあれよと料理が出てくるので、どれも二口程度に収めていたのだが毎食満腹になった。お弁当の時でも、到底食べきれない量が出てくるのだが、日本で育った私としては、残すというのは正直ストレスを感じてしまった。しかし後から人伝に聞いたことだが、これは私たち(お客様)に不足がないようにという、中国人側のもてなしだったのだ。(日中文化の違いとして有名な話だが、聞くのと体験するのとでは全然違う。)文化の違いというのは面白い。ストレスに感じていたのが、急に有難い気持ちになる。同じアジアで、隣国で、でも文化や風俗は全く違う。相手がどういう意図をもって何をやっているのか、それは例え友達同士であっても言葉にしなければ分からないのだから、国が違えばもっとコミュニケーションが重要になってくるのは必然だろう。相手の好意を誤解して受け取ってすれ違ってしまうのは怖い。だからこそ疑問に思えば、一人で悶々とするのではなく、相手に聞き、誤解を解いていくことがまずは小さな一歩なのだと思った。そういう意味で、大学生という比較的若い時に、訪中団として中国に行くということは大変意義のあることだと思う。
今回の研修では、中国側から沢山の御厚意を頂いた。休館にも関わらず私たちだけのために対応してくださったり、貸し切りにしてくださったり、上海―北京間のフライトでは特別なミールボックスを用意してくださったりと、数えきれないほどの「おもてなし」があった。それは中日友好協会側の招待で行ったから、というのも大いにあるだろう。しかし、北京で現地スーパーへ行った時、丁寧に凉皮の説明をしてくれた店員や、日本人だとわかると(何故か)日本製の歯磨き粉コーナーへ案内してくれた人、機内で映画の見方を無言で教えてくれた隣席、その他諸々。気にしないでいたつもりでも、やはり日本での報道が脳裏にはあったから、その優しさが嬉しかった。日本のメディアで報道されるものだけでは分からない中国の姿、それは、日本以上に「おもてなし」を重んじる国だと、私は感じた。
今回初めて訪中し、やはり中国にはまた行かなければと思った。今度は自分の足で、じっくり悠久の地を旅したい。中日・日中友好協会の皆様、推薦してくださった大学の先生、ガイドの方々、今回お世話になった全ての人に感謝を述べるとともに締めくくりたい。
日中友好大学生訪中団に参加して
私は高校一年生の時から中国語を勉強し始めましたが、今まで中国に行ったことがありませんでした。中国語を学んでいくなかで、実際に中国で自分の中国語力を試したい、中国に行ってみたいと思い今回日中友好大学生訪中団に参加させていただきました。
訪中前にも中国人の先生から中国語を学んだり、中国の話を聞いたりしていたので、中国に行くことはとても楽しみでした。しかし、不安もありました。祖父母は特にとても心配していました。それはニュースなどから得た情報だけで偏見持っているからのように感じていました。メディアは悪いことを多く発信していて、良いところがあまり見えていないように思いました。私は自分自身と祖父母が持っている中国への偏見をなくすためにも自分の目で見て肌で感じてこようと思いました。
実際に中国に訪れて感じたことができたことはたくさんあります。その中で大きく二つ のことについてまとめます。まず一つ目は中国の方々の人柄です。中国人と接する機会は一週間に何度もありました。ガイド、スーパーの店員、交流した大学の方々、レストランの従業員などです。特に現地の大学生との交流では、私の下手な中国語に何度も耳を傾けてくれ、わかりやすい中国語と流暢な日本語で話してくれました。限られた時間の中でしたがいろんな話をすることができ、WeChat を交換して写真を撮り、仲良くなりました。そこで中国人の温かさを感じました。また、スーパーではレジ打ちがとても早かったり、観光地では並んでいてもどんどん進んで行ったりと、とてもせっかちな人が多いなとも感じました。
二つ目は中国でしか見ることのできない風景です。今回は二つの都市にしか行くことができませんでしたが、日本では見ることができない風景を見ることができました。特に豫園や万里の長城、故宮博物院などの歴史のある場所が思い出に残っていて、写真ではわからない広さや美しさを感じました。また、北京は交通量がすごく多く、車線が多いのによく渋滞していました。地下鉄も人がとても多いと聞き、人口の多さを感じました。大学や空港には現金を使えない自動販売機などがありました。スマホで支払うのは日本でもありますが、顔認証で支払うものもあり、とても驚きました。中国は急成長を遂げていると言っても日本のほうが進んでいると思っていましたが、中国のほうが進んでいることもあるということが分かりました。
この一週間で中国を自分の目で見て学ぶことができました。その中で固定概念にとらわれず、自分で経験することが大切だと学びました。実際に行ってみないとわからないことがたくさんあるので、今回行くことができなかったところも改めて行ってみたいと思いました。祖父母のようにニュースから得た情報だけで中国や中国人に偏見を持っている日本人がまだまだいると思うので、今回の自分の経験を伝えていきたいです。また、もっと中国語を勉強し、もっと中国人と話せるようになりたいと思いました。大学生のうちにこのような経験をすることができて本当に良かったです。今回の経験は一生忘れないものとなりました。この訪中団を通じてお世話になった方々、本当にありがとうございました。
大学生訪中団に参加して
まず初めに、今回の大学生訪中団に参加した中で一番の感想は、中国へのイメージが変わったということだ。正直今まで“中国に対するイメージは?”と問われると、“怖そう”や“パクリが多い”というようなマイナスなイメージしか浮かんでこなかった。しかし、自分の目で実際に見た中国はこのようなイメージを覆すような場所であった。
今回の訪中が実際に行われる直前に日中関係について不安なニュースが目に入ってきた。自分の中で不安な気持ちが起こると同時に、周囲の人々からも心配の声が上がり、さらに中国へ行くのが怖くなっていた。しかし実際に行ってみると、現地のガイドの方々は心優しく歓迎してくれた。さらに、交流した上海理工大学、北京第二外国語大学のどちらの学生も笑顔で私たちのことを受け入れてくれた。今回のニュースで中国人は怖いというイメージが付いたのもあるが、元々持っていたそのイメージさえ無くなるくらい素敵な方々に出会えた。団体で行っていたこと、現地の方々が知らないところで守ってくれていたこと、様々安心できていた要因もあると思う。みんながみんな反日な訳ではない。もちろん必ずしも親日な訳でもない。しかし、今回の訪中で日本人を温かく受け入れてくれる人々はいるのだと実際にわかった。それが自分にとって大きな変化となった。
中国には中国にしかない独自の素晴らしい文化が多くあった。さらには機械技術の発達が大いに感じられた。上海都市企画展示館や北京中日創新合作示範区などの見学には驚かされることが多かった。まずは、展示が大スクリーンを用いたものや機械映像を使ったものが多く、それらから中国の技術の発達が感じられた。展示の仕方、見せ方から日本とは違う規模感のものが多く見られた。実際に展示の中身からも未来への進化が多く見受けられ、実際に短い期間の中で成長し続ける中国にはさらなる可能性が現実的に感じられた。何よりもシンプルに“中国は凄い”という感想が浮かんでくる見学であった。
この約一週間の訪中を終えて、自分の中の中国への興味がさらに大きなものに変化した。大学では中国語を専攻しているが、正直中国について熱意があって学んでいるかと言われても、自信を持って“はい”とは言えないようなレベルであった。知識も少ない、言語能力もそこまで上達していない。しかし今回の経験からは感じられるものが多かった。現地の方と自分の言葉で完璧に話せず悔しい思いをしたり、中国には自分の知らない興味深い文化がまだまだあると知ったり、様々得られた。
日本と中国、現在は少し関係が悪くなるようなニュースが見られる。過去にも許しがたい事象が起こっている。しかし、今後の成長には隣人として互いの協力が不可欠になってくるように思う。日本の技術、中国の技術、比べてしまえば優劣のある部分があるのではないか。当たり前のようなことばかりになってしまうが、自分が出した結論はこれである。“互いに補い合うこと、それが互いの成長の糧になる。”
そして最後にシンプルに思っていることを言わせていただきたい、今後も末永く日中関係が良好に保っていくことを切に願っている、この一言である。
国際交流における、ミクロ的視点の重要性について
1.はじめに
2023年7月、同年前期の授業で中国人留学生の友人をたくさん作り、それまで目もくれなかった中国の歴史、言語、文化などが私の人生に強い影響をもたらし始めた頃に、訪中の機会をいただいた。時期が重なったこともあり周囲からは一定の反対を受けたが、この機会を逃すわけにはいかない。私は何かを学ばんとする気持ちよりも、対外への興味を原動力として中国に向けて飛び立った。だがその旅は私に、ミクロ的視点が国際交流においていかに重要な意味を持つものであるかを教えてくれた。
2.上海・北京で見た景色
多くの日本人は上海・北京の景色を初めて見た際に、感動はするものの、予想以上の驚きを見出すことはできないだろう。その理由は2点考えられる。1点目は日本人が漢字を見慣れていること、2点目はビルや道路が日本とさほど変わらないことである。しかし見落としがちである面白い点がある。それは、中国は日本と比べて発展が進んでいる部分と、発展が遅れている部分の両方を持ち合わせているということである。例えば決済方法は、日本人が戸惑うほど最先端のシステムが導入されている。一方で洗面所においては、日本の普通がいかに高水準であるかを実感する。このように中国は人間的な面と機会的な面が混在している国だと捉えると、日本との違いが明確化して非常に興味深い。
3.学生交流において
学生交流は今回の旅の大きなテーマということもあり、私も覚えたての中国語を必死に使い夢中になって楽しんだ。そしてこの学生交流が、人生観を変えたといっても過言ではないほどの衝撃を私に与えた。それは、現地大学生の多くが流暢な日本語で、日本の好きな点を語ってくれることである。私よりも日本に詳しい現地学生にも出会った。この現象が何を示唆するか。それは、日本人側の熱量が中国人側の熱量に比べ、著しく劣っているということである。日本人側が中国を訪れているにもかかわらず、中国人と日本語で会話しているのである。率直に思ったことは、日中交流において歩み寄れていないのは中国人側であると多くの日本人は主張するが、実際に歩み寄れていないのは私たち日本人の方ではないかということである。ここで、それは地元の人々ではなく日本に興味がある一部の学生と話をしたからではないかという反論が出るかもしれない。しかし今回訪中したメンバーも、中国に興味がある一部の学生なのである。果たしてそのような態度は、相手国に敬意を払い、心の底から交流をしたいという態度に見えるだろうか。私は悔しい思いをしたと同時に、日本人の中国に対する、広くいえば全世界に対する態度を改めるべきではないかと感じた。
4.マクロ的視点とミクロ的視点
ここでいうマクロ的視点とは、景色でいえば流れるビル群をただぼんやりと見ること、国際関係でいえば政府同士の関係を見て国家間関係を判断する態度のことである。一方ミクロ的視点とは、自分の五感を使って時間の一瞬を切り取り景色に触れることや、人と人との関係をもって国家間関係を判断する態度である。多くの日本人は日本と中国の関係をマクロ的視点で捉えている。すると、日中の関係は今も修復状態にあり、中国全体のイメージを悪く感じる。一方で、ミクロ視点で日中関係を捉えている人々は、日本と中国は類似点も相違点もあり、中国人は熱心に日本を知ろうとしてくれる友好的な存在になる。視点を切り替えるだけで、状況が正反対になるのである。
5.課題と将来性について
ミクロ的視点に立っている今回のメンバーは、今以上に中国について知ろうという気持ちを持つ必要がある。そしてミクロ的視点をマクロ的視点の方に拡張することで、日中関係を良い方向へと導く存在になるべきである。また今回は日中関係について学んだが、どのような国家間関係においても、マクロ的視点からミクロ的視点への切り替えおよびミクロ的視点の拡張は関係向上の重要な鍵となると考えられる。この旅は、人生における大きな教訓を私にもたらせてくれた。
6.(補足)国際交流段階図
私は、国際交流において重要なことは以下の2段階をふむことだと考える。
- マクロ的視点からミクロ的視点への切り替え(外から内への矢印)
- ミクロ的視点の拡張(内から外への矢印)
いま、中国に訪れることの意味
訪中前、私が中国に対して持っていた印象は決していいものだけではなかった。どちらかというと、負のイメージのほうが強かったかもしれない。中国の技術力の高さ、経済成長のスピードなど感心していた部分はあるが、過去の歴史や領土問題、経済や政治摩擦などの複雑な側面が日中関係には存在していることを多少なりとも知っていたからである。
今回、訪中団に参加したのは、そんな中国を自分の目で見るよい機会だと思ったからである。第二外国語で中国語を学んでいたのもあるが、中国に実際に赴き、見て回る経験はなかなかできることではない。実際に中国にいき、中国の現状を見て回るという経験は、自分にとって大きな財産になるだろうと考えた。それが、訪中団に参加した理由である。
訪中して、初めに感じたのは、都市のスケールの大きさと近代的な発展の速さである。高速道路から見た建設中のビル群がとても印象に残っている。建設中の高層ビルが乱立している様子はインフラの導入と、その技術を感じるのには十分なものであった。その一方で、伝統的な建物や建築様式、歴史を感じさせる場所も多く残り、生活の中に、新しいものと伝統的なものが混在した景色はとても魅力的だと感じた。高層ビルにみられる中国の最先端の技術と、未だに残っている伝統的な建物にみられる古くの技術は、調和がとれているというよりは、両者ともに強い主張をしあっているように感じた。
一週間の滞在ということで、食事も中国の食文化に触れることができた。北京、上海ともに地域の特色ある食事を楽しむことができたが、日本で食べる中華料理は、やはり、日本人向けにデザインされたものであると感じさせられた。日本であまり味わうことはない特有の香辛料が用いられた料理は食べ慣れない味のものもあったが、魅力的なものが多かった。
食事や、建物も印象的だったが、訪中で最も印象的だったのは、交流会である。多くの中国人学生と交流する機会が得られ、彼らとの会話や中国文化の体験から、中国視点からの日本文化や、共通する趣味の話をすることができた。国も文化も、略歴も全く異なるのに、同じゲームをしていたり、同じ漫画を面白いと感じたり、本質的なところは変わらないのだろうなと感じた。
訪中を終えて感じたのは、政治、国家間の関係と、一般の人の関係は異なるのではないかということだ。確かに、日中間には、過去の歴史や領土問題、経済政治摩擦の複雑な問題は存在している。しかし、現地の学生との交流から、自分たちがメディアや教育を通じて受ける情報では得られない、人々の暮らしや考えに触れることができた。自分たち大学生にとってその交流に国家間の問題を持ち込む必要はないし、いがみ合う必要は全くない。その証拠に、交流会では国の問題などなにも気にすることなく、交流ができた。それは、学生だけでなく、一般市民にも言えるのではないだろうか。国という大きな単位ですれ違いがあったとしても、人という単位ではまた、違った見方ができるのではないだろうか。それが、訪中団を経て、得た私なりの価値観であり、この価値観こそが訪中した意味になるのではないかと考える。
訪中を終えて
今回の訪中は、私にとって大変意義のある、驚きと感動続きの旅でした。しかし、私たちが中国に向かおうとしている数日前から、福島第一原子力発電所の処理水海洋放出に対する中国側からの強い抗議の声が上がっていました。「今、中国に日本人が行くのは危ないのではないか」とマイナスな考えを巡らせましたが、日中友好協会・中日友好協会双方のご支持のもと、充実した訪中になりました。
私がこの訪中団で多くの場所を訪れましたが、その中で特に印象に残った経験が3つあります。まず1つ目は、2日目の外灘クルーズです。旅行2日目にして顔見知り程度であった同じ早稲田大学のメンバー全員と打ち解け、お互いの共通の話題を通してさらに仲良くなれました。そして、写真や教科書でしか見たことのなかった上海の夜景は、感動と興奮で言葉を失うほど美しいものでした。外灘クルーズの前、中日青年交歓会に参加した際に同じく参加されていた他団体の方とも少し交流することができました。クルーズ時間は1時間ほどありましたが、美しさと楽しさで体感10分に感じました。
2つ目は、交流についてです。2日目は上海理工大学、4日目は北京第二外国語大学の方々と交流をしました。上海理工大学では一緒に学食を食べながら、日本のテレビドラマについて話しました。中国でも日本のドラマが多く放送されているようで、私たちは日本のドラマの中国語名を当てようと会話が膨らみました。北京第二外国語大学で隣に座っていた現地の大学生と仲良くなり、WeChatを交換しました。その友人は、私たちが行くことを断念した南京の景色や料理の写真を見せてくれました。WeChatを交換してから私が帰国するまで毎日やり取りをしていました。会話は主に英語でしたが、少しだけ学んだ中国語で会話もしました。通じて相手が理解してくれたことがとても嬉しく、これからの中国語を学んでいく際のモチベーションにつながりました。両大学の学生の日本語はとても上手で、私も中国語を早く習得しようと強く思うようになりました。
3つ目は食事についてです。昼食・夕食はほとんど円卓に座り、多くの料理を囲んで食事をしました。今回の旅で大変仲良くなった同じ大学の友人だけではなく、他大学の人とも食事を共にし、友人関係が大きく広がりました。たまに日本食が恋しくなるときもありましたが、北京ダックや月餅など中国の料理はとても美味しかったです。また、中国のStarbucksも訪れました。日本のStarbucksにはないドリンクや中国のMD棚はとてもワクワクしました。私は、芒紫柠力生咖(マンゴードラゴンフルーツレモネード)を飲みました。日本のStarbucksにも欲しいほど美味しかったです。
大学に入学してから他大学の人と交流したことがなかったのですが、この訪中で色々な大学の学生とも交流できる良い機会ともなりました。初めて訪れた中国でしたが、国境を越えた先で出会った友人、経験豊富な知識量をもつ同年代の多くの学生とともに過ごした中国での1週間は私の人生にとって素晴らしい経験となりました。中国にあまり良いイメージを抱いていない人がまだ少なからずいますが、「百聞は一見に如かず」という言葉を実感する旅でした。今回の経験をこの先の人生に活かせるように、そして今後も何らかの形で中国に携われるように日々学んでいきたいです。
最後になりますが、今回このプログラムを準備してくださったすべての方々、訪中で出会えたすべての方々に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
中国と視点
私はかつて上海に1年半ほど住んでいた。両親が、積極的に外出するタイプであったので、外食や外での買い物、旅行などを通して、多少は偏見や先入観のない、ありのままの中国を知っているという自負があった。今回の訪中団を通して、さらにありのままの中国を観察する機会を得られた。
まず、大学生どうしの交流が新鮮であった。上海日本人学校においても現地校との交流は存在したが、言葉もほとんど通じないため、有意義であったかというと疑問であった。しかし、今回初めて言葉を交わすことが出来たことで、同世代の中国人の生の声を聴けたことは非常に有意義であった。それは、我々とあまり変わらない感性を持っていると感じた。我々とは全く違う考えを持っていると思っていた訳ではないが、どこか大きく違うのではないかといった憂いがあったのは事実だ。しかし、いざ会ってみると、1年生がやらなければいけない軍事教練は面倒だし、習近平思想の授業はつまらないといった、ありのままの声を聴いた。我々と全く一緒ではないか。もちろん、違いもあるだろう。決して同一ではない。それでも彼らは軍事教練を受けるし、習近平思想の授業をさぼったりはしないだろうからだ。しかし相似している。これを発見できたことに大きな喜びを感じた。
そして、中国人の「おもてなし」の心であった。東京オリンピックの誘致に使われたこの言葉は、どこか日本だけの概念だと思っていた。しかし、今回の訪中団とは中国側のおもてなしであったことは言うまでもないだろう。急なスケジュール変更があっても、それに合わせて我々が観光する場所や食事する場所、ホテル、移動手段を手配する。担当者の辛苦が思いやられるが、そこまでしてでも我々をもてなそうとする心意気に私は素直に敬服した。仮にこの訪中団のように外国の大学生が日本を訪問した時、我々はここまでもてなすことが出来るのだろうか。何の財力も権力も持たぬ一介の大学生に、将来を見込んでもてなすという事に未来を見据える目があるのだと感じる。
未来を見据える目に関連して思うことがあったのは、上海の都市計画の展示を博物館で見たときのことであった。以前上海に住んでいた時と展示が変わっていたのだが、上海の将来の計画に関しての展示が更新されたからであった。自然と調和した都市やさらなる物流軸を持つことなどが述べられていた。私が住む東京はこのような将来に向けた都市計画を持っているのだろうか。あるにはあるのだろう。東京も絶えず再開発が行われている。しかし、都市計画というスケールで考えられているのだろうか。そのイメージ像が共有されているのだろうか。あるいは東京は発展し尽くしたのだろうか。違うだろう。このような未来を見据えた視点を日本は再び持つ必要があるのはないだろうか。停滞が叫ばれる日本経済だが、こうした未来を見据えた視点が足りないのではないのかと思った。
さて、我々が一般市民と接する機会は限られていたのではないか、という感想を持ったのも事実だ。私を含め、中国語の能力が全員高いわけではないため、中国側の配慮があったのだと思うが、物足りなさを感じたのも事実だ。
中国を見る・知る視点は様々ある。私が交流した大学生から見る中国もあれば、都市計画から見る中国もある。中国に限った話ではないだろうが、ありのままの姿を全部見ることなど不可能であろう。しかし、多少なりともありのままの中国を見た私の経験が有意義であったことは言うまでもない。そう確信する。
初めての訪中で学んだこと
私がこの日中友好訪中団に参加しようと思った理由は、高校で仲が良かった友人に、幼少期中国に住んでいたり中国と日本のハーフだったりと中国にルーツがある人が多く、友人がどんな環境で育ってきたのか、どんな文化圏でどんな景色を見て育ってきたのか知りたいと思ったからです。
私は身の回りに中国と関わりのある友達がいたこともあり、中国へマイナスイメージをあまり持たずに成長しました。しかし自ら学ぶ機会もなく知識が全くと言っていいほどなかったので、中国へ行く前に予備知識として少し日本と中国の歴史について学習していると、日本人の中には中国へあまり良くない印象を持つ人が少なくないことが分かりました。また、中国へ行く前日にテレビでニュースを見ていると、原発の処理水放出で反日感情を持つ中国の人々の声が放送されていました。私は日中関係があまり良くないことを知り、本当に中国の人は私たち日本の学生を受け入れてくれるのかなと不安に思いながら出発の日を迎えました。
しかし交流先の大学に行ってみると、驚くほど温かく歓迎してもらえて本当に嬉しかったです。日本人も中国人も見る動画配信サイトで日本人が投稿している動画を見てくれていたり、「『エグい』と『ヤバい』は同じ意味ですか」と日本語の若者言葉の細かな言い回しについて質問されたり、日本の文化に興味を持っている人が海外にはたくさんいて、日本に魅力がたくさんあることに気付かされました。また、私たちは学校で必要に迫られて世界の共通語である英語を勉強しますが、それに比べ日本語は話者が少なく私は学ぶ優先度がかなり低いのではと思っていました。それでも日本の文化を理解したいという理由で日本語を勉強している人がこんなにいるんだと驚きました。
また、大学での交流で現地の大学生と喋っている時、添乗員さんの話を聞いている時、小さな発見も多かったです。
私は日本から中国にどんな文化が輸出されているんだろうと気になり質問してみると、かなり多種多様なテレビ番組や映画、漫画が流行していることが分かりました。日本の意外なドラマが中国で流行っていて、はるか昔から今まで文化的なつながりがかなり色濃いことを知りました。
また、標準語という概念に対して東京の人と北京の人は同じような感覚を共有していることを感じました。私は生まれながらの東京出身で自分には特に訛りや方言がないと思っているのですが、地方出身の人から「東京って標準語じゃなくて東京弁(関東弁)だよね」と言われることがあります。私が大学で中国語を勉強している時、中国語の先生が北京の人で、授業内での音読が教科書に載っている発音や見本の音声と少し違い、苦労した経験があります。また、中国に住んでいた友達に中国語を教えてもらおうとして、北京人の先生に教わっていると伝えると普通話は分かるけど北京語はわからないよと言われたことがありました。北京に行った時ガイドさんが北京語は標準語とほぼ変わらないと話していた時に、私はこれは東京の人が自分が話しているのは標準語と言うのと同じ感覚なのかなと発見し、国や地域が違っても同じ感覚を共有しているというところに面白さを感じました、
これから中国には就職のため日本に来る人が増えていくと聞きました。彼らが日本語を学ぶように、私もこれからも中国語を学んで信頼関係を築きたいと思います。