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友好訪問詳細

友好訪問民間外交、命がけの国交正常化を経て 今の日中があることを知ってほしい

2017年1月1日号
田中 京(たなか きょう)さん
田中角栄元首相の長男
田中 京(たなか きょう)さん

1951年東京生まれ。日本大学法学部中退を経て75年にCBSソニー株式会社に勤務。欧米アーティストのコーディネートなどを担当した。96年からは銀座や神楽坂で飲食店を経営。現在は執筆活動の傍ら日中交流事業に忙しい。著書に『我が父、田中角栄─男の中の男』(青林堂)など。自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『田中京のおいしい時間』が2017年1月2日からAM・ラジオ日本でスタート(毎週月曜21:00〜21:30)。ゲストを招いてオトナ世代の気になる話題をトーク。父・田中角栄の言葉から学ぶ「親父の言葉」のコーナーも

父の思いを継いで日中友好に尽す

 45年前の1972年に日中国交正常化の偉業を成し遂げた田中角栄元首相の長男。長く音楽関連の仕事や飲食店経営に携わってきたが、10年ほど前から日中民間交流に尽力している。「40代半ばを過ぎた頃から、もしも父の後を継ぐことがあるならば、きっと『日中』のことなんだろう、と思うことはあった」

 高校時代から評論を執筆するほどロック音楽に魅了され、大学生だった72年当時は欧米を半年間渡り歩いて各国の音楽を取材して回った。そんな折、英国滞在中に母親から便りが届いた。「手紙の内容から、いよいよ父が総理大臣になることが分かった」。8月末に英国から帰国。父は7月の首相就任と同時に「日中国交正常化を急ぐ」との談話を発表していた。

訪中後に口にした 周総理への厚い信頼

 訪中前、当時の大平正芳外相は遺言状を書いたが、首相になった父も同じ気持ちだった。「明日から中国へ行く。何が起こるか分からないから、覚悟しておけ」。そう言い残して家を出た。9月29日、4日間の交渉を経て北京で日中共同声明が成立。両国の歴史に新たな1ページが開かれた。

 「何年も前から続いた民間外交があり、それに沿って、父や大平さんが米国に逆らいながらも命がけで国交正常化をやった。若い人にはそういう時代があって、今の日中があることを知ってほしい」

 帰国した父が口にしたのは周恩来総理への厚い信頼だった。「頭が良くて、人情味があり、国益を考えた上で政治を行う。これまで出会った、世界の政治家の中で唯一尊敬できるのが周恩来だ。よく覚えておけ」

 当時は知らなかったが、いくつかの2人のエピソードをのちに聞いた。例えば、予定していた上海訪問を拒み、北京からの帰国を急ぐ父に、周総理は「私があなたのボディーガードになって先導しましょう」と言って説得した。また、上海の国営工場視察では、周総理の来訪に感激して泣き出す労働者に対し、周総理は彼らの肩を抱き、ポケットからハンカチを差し出した。その姿を見て「おれと同じことをやる人だなあ」と感動したという。75年、病床の周総理は日本から見舞いに訪れた藤山愛一郎外相(当時)に対し「(72年の)あの時、私と田中総理が交わした約束は永久に不滅だ」と伝言を残した。互いの信頼関係の下に結ばれた日中共同声明だった。

父が目指した地方創生「日中でやるのが使命」

 10年前に知人に同行して初めて訪中して以来、日中間の人や企業を結ぶ活動を続けている。訪中歴は20数回、今年は5回訪れた。ものの見方や考え方など日本人と中国人の根本的な違いを身をもって感じている。

 「中国人との交流やビジネスで失敗する人は、現地の人に任せっきりな人が多い。中国のことをよく知らないで、観光でちょっと行ったことがあるぐらいの理解で事業を進めても、うまくはいかない」

 若い頃の経験を振り返り、現地へ足を運ぶことの大切さを説く。「中国へ行ったことのない人にかぎって『中国っていう国はね…』と一般論を語る。理解しようとしない。そういう人には『本を読んだりするのもいいけど、ちゃんと中国へ行ってみなさい。人から聞いた話を真に受けてはダメだ』と言っている。私は経験値しか信用しない」

 今、目指しているのは日本の創生につながる日中交流。「日本の地方のために父がやった『列島改造』の延長が地方創生。それを日中を通じて国内外ともにやっていくのが私の使命かなあと思っている」
(北澤竜英)