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友好訪問詳細

友好訪問「中国のみんなが応援してくれたから今がある。日本で活躍したい」

2016年9月1日号
矢野 浩二(やの こうじ)さん
俳優
矢野 浩二(やの こうじ)さん

1970年大阪生まれ。オスカープロモーション所属。森田健作の付き人を経て、2000年に中国ドラマ「永遠の恋人」(原題:永恒恋人)の日本人留学生役に選ばれる。翌01年に単身中国へ渡り、以来15年間俳優活動を続けた。日中の相互理解に貢献したという理由で2015年度外務大臣表彰を受賞。家族は重慶出身の妻と、娘の3人

中国で15年間磨いた個性を生かし演技

 「中国で最も有名な日本人」。そう呼ばれるまで15年間、中国で俳優活動を続けた。

 昨年、外務大臣表彰を受賞し、今年から活動の場を日本に移した。「中国でチャンスをもらい、一生懸命やってきたからこそ、また日本に帰って来られた」

チャンスが来て決意単身中国へ渡った

 高校を卒業し、大阪でアルバイトをしていた20歳の頃、「東京へ行って役者にでもなれ」と知人に言われ心が動いた。上京して半年、俳優の森田健作(現千葉県知事)に直談判して付き人になると、役者としての心がまえを厳しく教わった。「常に“忍”の精神でいることを教わった。あの時代の経験があったから、中国で15年間やれたと思う」

 なかなか仕事がない付き人生活8年目の時、チャンスが来た。所属事務所の副社長の知り合いだった中国人プロデューサーが恋愛ドラマの日本人留学生役を探しており、選ばれた。2000年4月から3カ月間、北京で撮影に参加。初めての中国訪問だった。

 「ドラマが放送されればきっと有名に。仕事も増えるはず」。期待と決意を胸に翌年、思い切って単身で中国へ渡ったが、ドラマの反響はいまひとつ。「自作のプロフィールと名刺を手に、知り合いの通訳を連れて売り込みに」。中国語を学びながら、仕事探しに奔走した。

 当初は戦時中の日本兵役の依頼も少なくなかった。葛藤もあった。でも、引き受けた仕事は全力で取り組んできた。「台本をもらうとまず辞書調べに1、2週間。それから内容を整理して台詞の練習。演じるまでの段階的な準備がとにかく大変で1カ月はかかった」

 仕事に対するひたむきさや熱意が評価され、徐々に仕事も入るように。ドラマや映画にとどまらず、バラエティー番組の司会など幅も広がり、いつしか中国で知らない人はいないほどの人気俳優となった。

大事なことは一歩前へ踏み込む勇気

 15年間の中国生活で最も大事だと思ったことは「一歩前へ踏み込む勇気」だと話す。中国語を覚えようと、「積極的に人と交流することを心がけた」という当時の姿勢を振り返った。

 「中国では遠慮は他人行儀。日本とは逆になる。だから、一歩前へ踏み込んで話しかければ、ちゃんと向き合ってくれる。遠慮しているとなかなか友だちになってはくれない」。真剣勝負で中国人と向き合った経験が「俳優・矢野浩二」の個性となって演技に生きている。

 連続ドラマの出演などを皮切りに、4月から日本での活動を本格始動。中国へ渡る前からの「夢」に向かってまい進中だ。「中国のみんなが応援してくれたから今の自分がある。恩も感じている。それに応えるためにも日本で活躍したい。中国での経験や成功を日本で証明したい」
(北澤竜英)