会報『日本と中国』

トップページ > 会報『日本と中国』 > 友好訪問一覧 > 「生け花は人と人が付き合う時、相手の良い所を見つけて付き合うのと同じ」

友好訪問詳細

友好訪問「生け花は人と人が付き合う時、相手の良い所を見つけて付き合うのと同じ」

2016年5月1日号
杉 節子(すぎ せつこ)さん
大連池坊同好会代表
杉 節子(すぎ せつこ)さん

1935年2月青森県八戸生まれ。東京育ち。5人兄弟の真ん中。中学卒業後、看護学校で学び、医科大学付属病院に勤務。衆議院議員秘書、簡易保険局職員、郵便局医務員を経て神奈川県の養護教諭として22年間勤務。1996年に大連外国語学院に留学。中国在住歴は20年におよぶ。子どもは2人

大連で生け花を通じた日中の文化交流に活躍

 「大連池坊同好会」代表として1990年代末から遼寧省・大連で生け花を通じた日中の文化交流に活躍する。5月に市内ホテルで開く「日中友好文化交流 花展」も98年から続く恒例のイベントとして定着、花の個性を活かした生け花がロビーを華やかに彩り、花を通じて日中の心をつなぐ。

 生け花は華道家元「池坊」入門後だけでも40年余りのキャリアだが、日本で本格的に教えたことはなかった。小学校の養護教諭を退職した95年、阪神淡路大震災が発生するとボランティアとして駆けつけ、被害が大きかった長田区の中学校で避難民の救護活動に従事。そこで知り合ったボランティア仲間に誘われ中国を旅行し、日本語が話せ親切な人が多い大連が気に入り、前からあこがれていた留学を決断するなど旺盛な行動力と好奇心にあふれる。「一人で寂しくないのとよく聞かれるけど、楽しくてしょうがない。大らかな中国は自分の性格に合っているのでしょうか」

日本料理店で花を飾り評判に

 しばらく遠ざかっていた生け花を中国で始めたのは、日本料理店に立派な床の間があるのを見たのがきっかけ。「花を生けたらいいのに」と店長に話したところ「生ける人がいない」との言われ、それならと申し出た。店内がぱっと華やぐ生け花は反響を呼び、請われて教えることに。中国人の生徒もどんどん増え、生活が豊かになるにつれ花や緑へ関心が高まるのを肌で感じた。今も3箇所の生け花教室を回る。「花に慣れ、その特性を知ってもらうのが大事。一度命を絶たれた花は自分で向きを変えられないので、代わりに一番きれいなところを見つけてあげる。人と付き合う時、相手の良い所を見つけて付き合うのと同じです」

 家が貧しく学校に通えなかった経験もあり、友人とボランティア団体「大連リラの会」に参加、バザーなどの収益金を就学困難な学生に寄付する活動も始め、2代目代表を務めた。今は花の生徒が後を引き継ぐ。

過去の戦争の記憶風化に危機感

 快適に暮らせる中国だが、清明節などに道端で紙銭(しせん)(冥紙(めいし))を燃やした痕を見るのがとても辛い。小学生の時見た、東京・両国の道路の人身の黒い焼け痕を生々しく思いだすためだ。戦争を経験した世代として、常に過去の戦争が話題になる中国と比べて、戦争は過去のこと、自分とは関係ないという今の日本の風潮にも危機感を感じる。

 「素の付き合いをしていると国に関係なく人はみんな同じと強く感じます。でも国家の政策が絡み一歩間違うと戦争になる危険性がある。だから政治家だけにまかせず、政治が主導しないよう人と人、民間の交流を大事にしていきたいと思います」
(森正哲央)