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友好訪問詳細

友好訪問「未来を担う高校生や大学生の教育交流は地味だが大事な仕事」

2016年4月1日号
胡 志平(こ しへい)さん
中華人民共和国駐日本国大使館 教育担当公使参事官
胡 志平(こ しへい)さん

1965年中国・長春市に生まれる。長春外国語学校(中学・高校)から北京外国語大学を通じ日本語を学ぶ。86年教育国際交流協会に就職。98年教育部来華留学課長、08年孔子学院本部副総幹事などを歴任。この間、2度にわたる駐日中国大使館勤務をへて昨年12月から現職

留学生交流拡大と孔子学院の発展などに注力

 東京・江東区平野の大使館教育部でインタビューした。なめらかな日本語とソフトな物腰は以前とすこしも変わらなかった。

日本語能力試験で1位 副賞で日本を初訪問

 胡さんは中国東北部の交通の要衝でもある吉林省都の長春に生まれた。父親は中国人民大学を出て、中国を代表する自動車メーカーの長春第一自動車に勤めていた。

 高校は地元の長春外国語学校の日本語科で学んだ。周恩来総理の指示でつくられた外国語専門の高校は全国に7カ所あった。長春外国語学校はその一つ。現在の駐日中国大使の程永華さんは第1期生。胡さんは7期生である。

 胡さんが7歳のときに日中の国交が正常化し、13歳のときには改革・開放政策が始まった。日中関係には大きな展望が開けていた。大学は北京外国語大学の日本語科に進んだ。おなじクラスにはのちに中日友好協会の副会長になる井頓泉(せいとんせん)さん(現中国宋慶齢基金会副主席)や現駐長崎中国総領事の鄧偉(とうい)さんがいた。

 大学4年生のとき、日本の国際交流基金が毎年、世界的な規模で開催する日本語能力試験で中国1位の成績を獲得した胡さんは、副賞で初の日本訪問となった。

 中国教育国際交流協会に就職した。教育部門の国際交流を実施する組織である。日本との交流が多かった。「日中教育交流懇和会」のことは忘れがたい。日本の元校長先生たちが設立した団体だが、親切に様々なことを指導し中国の教育改革に大きな貢献をした。

 98年、胡さんは教育部(省)で外国からの留学生の受け入れを促進する来華留学課の課長に就任した。

中国留学受け入れ制度の改革を促進

 胡さんは外国人留学生受け入れ制度の改革と新基準を立案した。この新基準は現在も有効だ。

 2002年、胡さんは一等書記官として2度目の日本勤務となった。両国の教育交流では、中日大学学長会議、留学生交流の拡大と質の向上、高校生交流など。各事業は教育部国際局長を経験した李東翔(りとうしょう)公使参事官とのコンビで進んだ。

 07年には冷え切っていた日中関係を「氷をとかす旅」として訪日した温家宝総理に随行し立命館大学との野球交流などのまとめ役もこなした。

 帰国した胡さんは教育部で孔子学院本部の副総幹事に就任。中国語や中国文化を世界にひろめるための国家事業。日本には孔子学院と学堂を合わせて22施設が誕生。世界では136カ国に502の学院と1100の学堂が定着した。

 「教育の交流は地味な仕事だが、両国間の、とくに未来を担う大学生や高校生などの相互理解と信頼の構築には大事なテーマ。留学生交流はさらに推進していきたい」と抱負を語る。好漢・胡志平さんへの期待は大きい。
(佐藤洋一)