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友好訪問詳細

友好訪問「日中にまたがり生きる『和僑』は両国関係を学ぶための知見に」

2016年3月1日号
堀内 弘司(ほりうち こうじ)さん
早稲田大学・現代中国研究所 客員研究員
堀内 弘司(ほりうち こうじ)さん

1961年東京出身。IBM、セコム、NTTなどに勤め、2008年9月に早稲田大学大学院・アジア太平洋研究科に入学。09年8月から10年2月まで復旦大学(上海)で、12年9月から13年1月まで重慶大学で、13年1月から同7月まで清華大学(北京)で学びながら、「和僑」の人々を取材した。工学院大学孔子学院・中国アジア研究センター、桜美林大学・北東アジア総合研究所の客員研究員を兼職

中国へビジネス移住した500人以上を取材

 中国へビジネス移住した「和僑」について研究し、昨年11月に『中国で生きる和橋たち―そのトランシナショナルなビジネス・生活―』(桜美林大学北東アジア総合研究所)を出版した。2009年から13年まで、上海、重慶、北京と移り滞在し、500人を超える日本人経営者や幹部社員にインタビューし、まとめた。

 「日中間には様々な問題がありますが、その両方にまたがって生きる人たちを見つめることは、両国関係を学ぶ上でよい知見になると思いました」

 「和僑」から聞き出した中国ビジネスの実情や移住を決めた動機、思いなど、彼らのリアルな声は、これから中国で何かをやりたいと考えている人にとって最良の指南書に。「第3回岡倉天心記念研究奨励賞」を受賞した。

米国移民の祖父が研究のきっかけに

 東京生まれ。大学卒業後はIBMなどIT関連企業に勤め、新事業立ち上げなどに携わった。45歳の時、「人生90年だとすればあと半分」と考えた。第二の人生を模索し、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に入学した。

 「和僑」を研究テーマにしたのには自身のルーツが関係している。「祖父は15歳で米国へ渡った移民。父は米国で生まれました」

 日本で生まれ育った祖父が、米国へ移り住み、どのように文化の違いを克服していったのか。興味があった。また、中国移住者を取り上げた『和僑』という本に出会ったことも理由の一つ。「20代後半で日本を離れ、中国へ行ってしまう若者。なぜだろうと思った一方で、皆楽しそうに見えました」。当時は「和僑」に関する本や論文は少なく、自分で調べたいと思った。

取材通じて考えた日中関係の「道」

 「和僑」たちの日中ビジネス交流を取材する中、複雑な両国関係を肌で感じたことも。2度目の取材で重慶に到着した直後、日本政府による「尖閣諸島国有化」が起こった。外出のできない日々が長く続いた。

 「日中関係を民間交流でなんとかしよう、という意見もありますが、逆に言えば、いまだに政治家の身勝手な発言一つで壊れる関係でもあるな、と。日本人がやるべきことは、隣国関係はどうあるべきか、中国語でいう『道(ダオ)』(方法、道理の意)、あるべき『道』を、国民が政治家に問うことではないでしょうか」

 日中関係を専門とする研究者の一人として感じることがある。「中国の有識者の中に入って、日本理解を促したり、友好を願う日本人がもっといてもいいと。中国の研究者が日本に来て教授になっているが、その逆はまだ少ないと感じています。『博士号は米国で取れ』みたいな風潮が今もありますが、もっと中国へも行くべき。日中の研究者同士の交流をもっと増やしたいです」
(北澤竜英)