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友好訪問詳細

友好訪問「リオ五輪で活躍して、家族や恩師、応援してくれる人に恩返ししたい」

2016年1月1日号
王 新朝喜(おう あさこ)さん
バスケットボール女子日本リーグ 三菱電機コアラーズ選手
王 新朝喜(おう あさこ)さん

1987年天津市生まれ。旧中国名は王岑静。天津第八十九中学校卒業後、岐阜女子高等学校に留学し全国大会ベスト4などに貢献。白鴎大学を経て2010年に三菱電機(名古屋市)に入社。12年8月に日本国籍を取得し同年日本代表に初選出、現在に至る。長身を生かしたポストプレー、リバウンドが武器。オフのリラックス方法はチームメートと温泉や買い物に行くこと

中国・天津出身のバスケ女子日本代表

 昨年、中国で開催されたアジア選手権で優勝し、3大会ぶりにリオデジャネイロ五輪出場を決めたバスケットボール女子日本代表のメンバー。身長189センチの恵まれた体格を生かし、チームに貢献した。15歳の時に中国天津市から日本に留学して13年。日中両国の期待を背負い、コートに立つ。

「親孝行ができるかも」岐阜女子高校へ留学した

 小学6年生の時、身長はすでに177センチあった。地元チームの監督に誘われてバスケットボールを始め、転機は中学3年生の秋。後の恩師が選手発掘のために視察に来た。

 「とりあえず練習に出てほしい」。あまり興味はなかったが、候補者を集めた合同練習に参加。当時は、日本へ行くことは考えられなかった。

 しかし、思いとは裏腹に恩師の目に止まった。日本留学を熱望し、アピール合戦をするほかの候補選手たちを見て、「(断るのは)もったいないのかな?」と気持ちが揺らぎだした。「留学体験ができて、将来親孝行もできるかもしれない」

 相談を重ね、一転留学を決意。反対する父親を説得して2003年に岐阜女子高校へ留学した。「朝も昼も練習で土日は試合。きつかったです」。文化の違いに戸惑いながら常に辞書を持ち歩く毎日。強烈なホームシックに陥り何度も帰国を考えたが、一方で、名門校ならではの緻密な戦術、基礎練習を一から学ぶうちにバスケットボールの魅力にどんどん引きこまれていったという。「辛いことも多かったけど、それを乗り越えたことで成長できた」

 多感な青春期を外国で過ごす経験は大きい。高校3年時には心境にも変化が表れた。「このまま帰国したら日本に来た意味がない」

「日本でバスケを続けたい」覚悟をもって帰化した

 「日本代表になりたい」

 大学卒業を控え、実業団チームから誘われた頃には思い始めていたという。当時、日本の女子バスケットボールリーグは選手育成の観点から外国人選手枠は無く、入団には「帰化申請」が条件となっていたからだ。

 「帰化することは、大きな決断だと悩みましたが、『日本でバスケを続ける』ことに意義を感じていました」。覚悟はあった。そんな「バスケが大好きな娘」を両親は深く理解し、「応援するから気にしなくていい」と背中を押したという。12年に日本国籍を取得、同年日本代表に初選出された。

 現在、所属チームではキャプテンを務める。「常にチームメートに気配りができる」とスタッフの信頼も厚い。「自分が活躍することで、家族や恩師、応援してくれる人たちが喜んでくれることは支えになります。少しでも恩返ししたい」

 日中両国でお世話になった人たちへの“感謝”の気持ちを胸に、リオ五輪での活躍を誓う。
(北澤竜英)