会報『日本と中国』

トップページ > 会報『日本と中国』 > 友好訪問一覧 > 「国民一人一人が”外務大臣”になったつもりで行う民間交流こそが大切」

友好訪問詳細

友好訪問「国民一人一人が”外務大臣”になったつもりで行う民間交流こそが大切」

2015年7月1日号
洋画家 絹谷 幸二(きぬたに こうじ)さん
洋画家
絹谷 幸二(きぬたに こうじ)さん

1943年奈良県生まれ。66年東京藝術大学卒、大橋賞・独立展独立賞を受賞。68年東京藝術大学大学院修了、独立美術協会会員推挙。71~73年イタリア留学しアフレスコ画(壁画技法)を研究、日本の第一人者に。74年安井賞、89年毎日芸術賞、2001年日本藝術院賞を受賞、同年日本藝術院会員就任。14年文化功労者に。現在は東京藝術大学名誉教授など。息子の幸太は彫刻家、次女の香菜子は日本画家。2010年上海万博後に行われた「日本の国宝・鑑真坐像の揚州里帰り」の発案者でもある

絵筆を片手に日中民間交流を後押しする

 日本を代表する洋画家。5月の「日中観光文化交流団」(日本から3千人が訪中)に団長として参加し、北京の人民大会堂で「民間交流宣言」を読み上げた。

 実はこうした大型訪中団の団長を務めるのは初めてではない。初訪中は日中平和友好条約が結ばれて間もない1980年。以来、芸術分野での日中交流に長く努めてきた。2000年以降に実施された5千人、1万人規模の大型ミッションにも度々同行し、中国の文化人との付き合いも多い。

 「交流は一方向でも、一部の層だけでもだめ。双方の国民一人一人が”外務大臣”になったつもりで行う民間交流こそが大切です」

奈良に生まれ育ち、日中交流に関心持つ

 歴史や文化にゆかりの深い奈良県に生まれた。幼いころから絵を書くのが大好きで、姉が油絵の具を持っていたのをきっかけに、小学1年から油絵を描いた。

 「奈良には絵を描くためのモチーフがいたるところにある。それも”国宝級”のものばかりです」

 奈良学芸大学附属の小・中学校で本格的に絵画を習い、のめりこんだ。文化、芸術を学ぶ過程で日本と中国の長い交流の歴史も知った。今でも中国に関心を持ち続ける理由となっている。「悠々とした広大な大地の中で、人々が切磋琢磨して生きる姿に惹かれます」。中国に感じている魅力を語った。

 東京藝術大学、イタリア留学などを通じて腕を磨き、世界各地で個展を開きながら画家としての地位を築いた。活動の幅を広げる中、北京、西安、成都、敦煌な ど中国の都市も訪れ、創作や作品の出展を行った。

中国の山河描きたい芸術交流への思い強く

 93年には国際交流基金の事業の一環で、北京の中央美術学院で約1カ月アフレスコ画を教えた。「向学心が高く、皆熱心でした」と中国の学生の印象を振り返 る一方で、自らの中国理解も深められたという。

 「やはり行ってみると、その国の様子も分かってくる。百聞は一見にしかず。実際に自分で見て、聞くことが大切。知らないから、憶測してしまったりするものです」。日中間の観光交流に力を注ぐきっかけになった経験の一つでもある。

 「(日中両国は)隣り近所だからこそ難しいこともある。胸襟を開き、虚心坦懐に付き合える環境を民間で醸成したい。互いの良いところを取り入れて信頼を深めながら、世界平和に貢献できればいいと思います」

 2008年に当時の胡錦涛国家主席が来日した際、「中国の山河を描きたい」と伝えた。胡主席は「ぜひ」と喜んだが、いまだに実現はしていないという。

 「最近は富士山をよく描いていますが、次は泰山を描きたいですね」。絵筆を片手に、日中民間交流を後押しする。
(北澤竜英)