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友好訪問詳細

友好訪問「『戦争なんかに人間は負けない』という思い、伝えたい」

2015年1月1日号
俳優 内藤 剛志(ないとう たかし)さん
俳優
内藤 剛志(ないとう たかし)さん

1955年大阪府生まれ。阪口京子事務所所属。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主映画を制作。文学座を経て80年に映画『ヒポクラテスたち』でデビュー。ドラマ、映画を中心に幅広く芸能活動を行う。ドラマ『赤い月』(なかにし礼原作、2004年)では家族3人で満州へ移住し酒造場を興す主人公の夫を演じた

映画『望郷の鐘』で“中国残留孤児の父”山本慈昭を演じた

 今年から全国で順次公開される映画『望郷の鐘満蒙開拓団の落日』で主人公の山本慈昭を演じた。

 慈昭は実在した人物で、長野県・阿智村にある長岳寺の住職。満州(現中国東北部)で終戦を迎え、妻子と生き別れ、1人だけ日本に引き揚げた後に、中国残留孤児の肉親探しに生涯をささげた。悲しみの中でも献身的に愛情を注ぎ、「残留孤児の父」と呼ばれた強い人間を演じきった。

 「戦争に関するドラマや映画は深いところで何かが刺さる。娯楽時代劇や刑事ドラマに比べ、心の中で動くものがちょっと違います。リアリティーがある」

 撮影前には関連する本や資料をできる限り読み、映像も見た。長岳寺の現住職にはその人柄について聞いたこともある。「失礼があってはならない」。演技も自然と慎重になった。

「内藤ならこう感じる」をこめて演じた

 昭和30年(1955年)に大阪で生まれた。ミュージシャンを目指し上京したが、その後、役者の道へ。役者としてのモットーは、役者自身の個性が伝わる演技をすることだと語る。

 「どんな役でも『内藤剛志ならこう感じる』というメッセージをこめて演じたい。それが伝わらなければ僕がやる意味も無いし、(演技も)無責任すぎる」

 両親は戦争を知る世代、父親は戦地を経験した。戦後育ちだが、子どもの頃から伝え聞いたことは少なくない。だからこそ、役を引き受けた時には「人ごとではない何か」を感じた。

 「こんなに悲惨な戦争を二度としてはいけないという強い思いと共に、人間はそんなものには負けないんだということを伝えたい。爆弾や銃で奪えるのは命だけで、人の心や可能性までは決して奪えません」

 役に真摯に向き合うほど、「テーマが戦争だからなのでしょうか。“巨大な恐怖”というか、何かが重くのしかかっていました」。撮影の最終日、声が出なくなっていた。

 「もうボロボロでした。風邪でも過労でもないのに虚脱するような感じで。きっと“気持ち”が体を超えてしまったんでしょう」

 台本の中で慈照が泣くのはワンシーンだけ。それなのに、どのシーンを演じても涙が止まらない。「実際に演じてみるのと(台本を)読むのとでは違って、毎日涙が出てくる。でも監督はNGと言わなかった。山田(火砂子)監督には、『これが2014年の内藤の精一杯です』と伝えました」

日中改善は長いスパンで100年かけたっていい

 映画の完成とほぼ同じ頃、昨年11月に日中首脳会談が行われた。テレビに映るその光景が気にならないわけではなかった。

 「(日中関係は)難しいとは思うけど、早まらず、時間をかけて話し合えばいいのではないでしょうか。もっと長いスパンで考えるのはダメですかねぇ? 極端に言えば、100年ぐらいかけたっていい」

 海外ロケで現地の人と接してみると、「あれ、思っていた感じと違うな」と思うことがよくある。

 「僕らが知っているのは、日本から見た中国だったり、韓国だったり。やっぱり民族や文化、与えられている情報も違うから、それぞれの国からの見え方になる。一つの世代で『今すぐに解決させよう』と思わずに(関係改善を)やってほしいですね」
(北澤竜英)