会報『日本と中国』

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友好訪問詳細

友好訪問「民間の皆さんと力を合わせて中日の草の根外交を目指したい」

2014年8月1日号
日中文化交流誌『和華』編集長 孫秀蓮(そん しゅうれん)さん
日中文化交流誌『和華』編集長
孫秀蓮(そん しゅうれん)さん

1986年山東省臨沂市生まれ。済南大学日本語学科を卒業後、2009年に来日。京都大学などを経て13年から滋賀大学に通う。同年10月に『和華』を自費で創刊。14年6月に東京へ移住し現在に至る。生け花や茶道を習ったことがあり、とにかく日本文化を好む。大学は来年3月に卒業予定

日中の違いを伝える雑誌『和華』を自費出版した

 中日の文化の違いを両国民がもっと分かり合えれば」。双方のマスコミの一面的な報道に強く疑問を感じ、昨年10月に日中文化交流誌『和華』を創刊した。

 驚かされたのは、大学に通いながら、居酒屋で稼いだアルバイト代をつぎ込み自費出版したこと。原稿依頼から編集まですべて一人で行った。

 雑誌名には、日中間の「平和」の「華」を咲かせ、交流の「輪」を広げたいとの思いが込められている。その原動力となっているのは「日本が大好きな純粋な気持ち」だ。

 創刊に向けて、授業が無い日は昼は編集、夜はアルバイトの日々を繰り返した。プライベートの時間はほとんど無かったという。しかし、どんなに大変でも、日中関係が冷え込んでも、「やめたい」と思ったことは一度も無かった。

比較研究を通じて友好に貢献したかった

 山東省出身。米国の文化人類学者ルース・ベネディクトが書いた日本文化論『菊と刀』を読んだことがきっかけで、日本に興味を持った。地元の大学に入ると日本語を学び始めた。

 日本への関心は語学にとどまらず、2009年に来日。「中日比較の研究者になって相互理解に貢献したい」。学業に励んだものの、大学院への入学はかなわなかった。

 「中日の比較研究をどうしても続けたかった。比較研究は大学院でなくてもできるはず」。そう考えて思いついたのが『和華』の発行だった。昨年2月のことだ。

 「留学生だし、人脈もお金も無い。うまくいかないんじゃないか」。周囲の何人かに言われた。しかし、「他人にどう言われようと自分はやりたい」。日中友好に貢献したいという素直な気持ちが上回り、不安などは無かった。フェイスブックを立ち上げて寄稿や投稿を募ると、元外交官から大学教授、作家、会社員、主婦、学生などから様々な記事が寄せられた。制作に協力したいという人も現れた。

 「賛同者の方から『日中のために頑張ってくれてありがとう』と言われました。本来はこちらが感謝するべきなのに。でも、うれしかった。やりがいも感じています」

 創刊号発行後は、制作に協力するボランティア・スタッフも加わり、第2号からは紙面デザインなど内容がより充実した。『和華』は年4回発行。これまで第3号を出した。第4号は9月、第5号は12月に発行する予定で、第5号は中国語版も作って中国の大学へ送ることを決めている。「全国の日中友好協会にも贈呈します。まずは『和華』のことを知ってもらい、少しずつ読者を増やしたい」

平行して読者との交流イベントも開催

 目標は「少なくとも、10年は続ける」ことだ。ライフワークとして位置付けることを決意し、この6月に東京に移り住んだ。協力者の多くが都内在住であることも理由の一つだが、今後は東京を拠点に「雑誌発行だけにとらわれない交流活動がしたい」という思いがあった。

 「(相互理解には)やっぱり直接交流が一番。中国語で言えば『両点之間、直線最短』(2つの点を結ぶには直線が最も早い)です。情報を通じて間接的に知るよりも、直接交流で理解し合う方がやっぱり早いですね」

 これまで2回、都内で読者を含めた交流会を開催。日中相互理解についてのシンポジウムや三国志について学ぶ講演会を行った。「いつか、読者と共に行く中国旅行を企画してみたい」と意気込む。

 「『和華』は中日友好を願う民間の皆さんの協力で成り立っています。皆さんと力を合わせて、草の根外交を目指したいです!」
(北澤竜英)