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友好訪問詳細

友好訪問「足もとの日中関係史を見つめ直すことが両国のわだかまりを解く一助になる」

2014年3月1日号
神奈川県・前開成町長 (一社)神奈川県日中友好協会顧問 露木順一(つゆき じゅんいち)さん
神奈川県・前開成町長 (一社)神奈川県日中友好協会顧問
露木順一(つゆき じゅんいち)さん

1955年生まれ。79年東京大学教育学部卒業、NHKに入社。93年にNHKを退社し、梶山静六事務所政策顧問に。98年に開成町長に就任、2011年4月まで務める。この間、内閣府地方分権改革推進委員会委員、総務省顧問などを歴任。現在は(一社) 酒匂川流域・自然エネルギー・研究開発協議会理事など

歴史と文化の面から日中交流を進めるセンターの設立を目指す

 歴史と文化の面から日中交流を進める「日中歴史文化交流センター」の設立を目指している。2月中旬、横浜で設立準備会をささやかに発足させた。その代表を務める。数年前から頭にあった構想を形にするため、具体的な行動に出た。

 きっかけは2012年4月。当時の石原慎太郎・東京都知事が尖閣諸島購入の意向を発表した頃になる。「これはまずいことになる」と本気で思った。「日中の平和交流のために何か新しい、具体的な動きを起こそう」。その時、頭の中で思い描いたのが「歴史と文化の交流」。それもごく身近な、すぐ足もとにあるものを対象とした交流だった。

近くにあった禹王碑の存在に愕然

 神奈川県内で面積最小の町、開成町で生まれ育った。開成町長を20年間務めた父親は、かつて職業軍人として旧満州に。そんな父親から、子どもの頃は耳にタコができるぐらい戦争の話を聞かされたという。「父はソ連軍の悪口は言ったが、中国のことは一切言わなかった。侵略に対し申し訳ないという気持ちがあったんだと思う」。中国には深い関心をもち育った。

 地元の高校から東大へ進学し、卒業後はNHKの記者に。しかし記者生活15年の37歳の時、政治家を志し退社を決意した。周囲からは「狂っている」とまで言われたが、信念は曲げなかった。思い立ったら実行に移すタイプだという。その後衆院選に敗れるも、1998年に開成町長に就任。「気が付けけば父の面影を追っていた」と親子2代で故郷のかじ取り役を担った。

 そんな町長時代、町を流れる酒匂川(さかわがわ)のほとりに、中国最古の夏王朝の皇帝で治水神としてあがめられている「禹(う)」を祀る石碑があることを初めて知る。禹王は1707年の富士山噴火後、酒匂川の治水工事のあとに祀られたという。「足もとの歴史をいかに見ていなかったのか、愕然(がくぜん)とした」

 すぐに地元の郷土史研究家と協力して「禹王サミット」を企画。2010年に開成町で催した。サミットの反響は強く、その後も持ち回り開催で群馬、香川と続き、今年は広島で第4回が催される。

冷え込む関係“共通項”で改善したい

 調べてみると、県内には徐福、唐人町、孫文など、ほかにも日中交流を示す伝承や遺跡があった。

 「冷え込む日中関係にストップをかけられるのは、“歴史文化交流”しかない。探せばまだ共通項は見つかる」。足もとの歴史をもう一度見つめ直し、「日中の共通項はこんなにもあるじゃないか」と再確認する。今準備しているのは、その活動拠点となるセンターだ。

 「こうした取り組みの積み重ねが日中のわだかまりを解く一助になると確信している」。昨年5月には同志と河南省安陽市を訪問し、現地の郷土史研究家らと日中の歴史を語り合った。今後の活動の手応えも十分つかめたという。

 しかし、まだ設立準備の段階。大風呂敷は広げない。「まずは神奈川県の、足もとの日中関係史から見つめ直す活動を小さく始めていきたい。難しい中国の歴史を学ぶのではなく、中国の歴史や文化に少しでも関心のある人が誰でも参加できる団体がいい。楽しみながら賛同者を募りたい」
(北澤竜英)