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友好訪問詳細

友好訪問「プロレスを中国で広めたい まずは強い、人気レスラーに」

2014年2月1日号
プロレスラー イノキ・ゲノム・フェデレーション(IGF)所属 ワン・ビンさん
プロレスラー イノキ・ゲノム・フェデレーション(IGF)所属
ワン・ビンさん

1994年生まれ、安徽省出身。名前の中国語表記は「王彬」。10歳で少林寺拳法、14歳で散打を習う。安徽省体育学院を卒業後、2009年に上海へ。12年にIGFにスカウトされ、来日。13年12月、「INOKI BOMBA-YE 2013」でデビュー。趣味は読書、書道。好きな日本料理は寿司

“中国四千年の逸材”と期待される留学生

 2013年の大みそか、東京・両国国技館で開かれたプロレス・イベントで19歳の中国人留学生がデビューした。190センチ、95キロの恵まれた体格は“中国四千年の逸材”と称される。所属する団体・IGFの代表を務めるアントニオ猪木氏(参議院議員)は、「目つきがいい。闘いの目をしている。中国の力道山になれ」と大きな期待を寄せる。

中国武術を学び、チャンスを求め上海へ

 安徽省出身で、子どもの頃から同級生に比べて体が大きかった。とりわけ「わんぱく」ではなかったが、武術に興味を持った。10歳で少林寺拳法を習い始め、14歳から「散打」と呼ばれる中国武術を始めると、安徽省体育大会(散打の部)でみごと優勝。頭角を現した。武術やスポーツへの興味はさらに増し、地元の体育学校で体育学や人体学などを学んだ。

 「習得した散打やスポーツ精神を人に伝えたいと考えるようになった」。体育学校卒業後は、先に仕事で赴いていた両親を追って上海へ。「上海へ行けばチャンスはきっと多いはず」。スポーツジムで働きながら、格闘技の修行に励む日々を送っていると、人生のチャンスが巡ってきた。

13年から日本で生活修行に明け暮れる毎日

 一方、IGFはすでに2012年5月に、上海に格闘技イベント興行団体の「上海愛武」を設立。中国での本格進出を進めていた。そうしたなか、「上海に中国散打の地域チャンピオンがいる」。話を聞きつけた現地スタッフの目に止まった。スタッフから、「まだ若くて体格も大きい。鍛えればすごいレスラーになる可能性がある」と評価を受け、スカウトされた。

 「うれしかった。日本へ行きたい気持ちが強く、不安はなかった」。プロレスは以前にDVDで見たことがあったという。猪木氏の過去の試合映像も同様だった。言葉の通じない異国の地へ旅立つ息子を心配する両親をよそに、希望に満ちあふれていたという。

 13年1月から練習生として日本生活をスタートさせた。現在は、日本語学校で日本語を学びながら、修行に明け暮れる毎日を続けている。

 「来日当初は慣れないことだらけ。しかし、先輩やスタッフの方々の心遣いが支えとなり、今は問題ない」。日本語はまだ十分に話せないが、日本文化や日本人の気質に良い印象を持っていると話す。

 そして、サポートしてくれる関係者への感謝の気持ちを胸にデビュー戦を白星で飾った。観衆の熱い「頑張れ」の声援も聞こえた。「デビュー戦は緊張した。プロレスの面白いところ?種類が豊富な“技”を、一試合の中で何度も繰り出して戦うところかな」。笑みがこぼれると、あどけない19歳の顔に戻る。

目標は中国プロレス普及のパイオニア

 「プロレスを中国で広めたい」。大きな目標がある。

 「今、中国と日本の関係は政治面で問題が少なくない。だけど、一般の国民どうしの交流に政治面での影響は無いと思う。(プロレスなどの)民間の交流がもっと進み、多くの人がお互いに関心を持ち合えば、政治面での問題は徐々に小さなものに変わっていくんじゃないかな」

 最後に、大きな目標のために今やるべきことを聞いた。「まずは一生懸命に修行を続けて、強くて、人気のあるプロレスラーになること」

 「中国プロレス普及」のパイオニアになるため、猪木氏の“闘魂の精神”を受け継ぐ覚悟だ。
(北澤竜英)