会報『日本と中国』

トップページ > 会報『日本と中国』 > プラットフォーム一覧 > 2017年9月1日号 『井戸を掘った先達に思いをはせる』

プラットフォーム詳細

プラットフォーム 酒井 哲夫 ― (公社)日中友好協会副会長 NPO法人福井県日中友好協会会長 『井戸を掘った先達に思いをはせる』

2017年9月1日号

紙は、今年が日中国交正常化45周年、来年が日中平和友好条約締結40周年の節目であるとことで、井戸を掘った「日中友好の先達」(連載)をこの4月1日号から紹介している。
 本号では、英断をもって国交正常化を果たした田中角栄元首相を紹介しているが、これまで高碕達之助、松村謙三、松本治一郎らの功績を紹介した。彼ら先達に共通するのは、日中関係の厳しい時代に、国交回復実現のため、日本の進むべき方向に確たる信念をもって関係改善の道を切り開いたということである。
 日中友好協会初代会長の松本治一郎は、戦後初の海外出張に中国へ行き、周恩来総理と会談した。「不可侵、不可被侵」(侵略するべからず、侵略されるべからず)を座右の銘とし、生涯を日中友好に貢献した。松村謙三は「アジア平和の中心課題は日中国交正常化である」との信念で、岸内閣が中国敵視政策を強めたとき、自民党総裁選挙に立候補して対中政策を強く批判した。高碕達之助は、LT貿易(準政府間貿易)を実現、日中間貿易を切り開いた。日中友好協会初代理事長の内山完造は、戦前から上海で内山書店を経営。魯迅との関係は深く、中国人民から厚く信頼され民間交流の礎を築いた。
 ところで、8月2日付けの日経新聞「私の履歴書」②で高村正彦(自民党副総裁)が父について述べている。氏の父は、戦時中に官界にいたときも、戦後の政治家としても〝戦争反対〟を貫いた。そして「内政の失敗は一内閣が倒れれば足りるが、外交の失敗は一国が滅びる」との言葉を残したとある。重い言葉だ。すごい父だったと思う。氏は、父の言葉を心に秘め、現在日中友好議員連盟の会長を務めるが、この記事を読んで思うことは、前述の井戸を掘った先達同様、わが国の行方に対し信念をもって生涯を貫いた、日本外交史に残る人物であったということである。
 私も、彼ら先人の重い言葉を自らのものとし、平和で心豊かに暮らせる国になるよう願っている。特に戦時中を知る一人として。
(敬称略)