会報『日本と中国』

トップページ > 会報『日本と中国』 > プラットフォーム一覧 > 2016年4月1日号 『中国養父母の恩義』

プラットフォーム詳細

プラットフォーム 寺沢 秀文 ― 満蒙開拓平和記念館専務理事 長野県日中友好協会副理事長 『中国養父母の恩義』

2016年4月1日号

年12月、中国・ハルピンから一人の老女とその支援者の皆さんが来日され、わが満蒙開拓平和記念館に来館された。李淑蘭さん、88歳。かつて中国東北地方(旧満州)に置き去りにされた日本人残留孤児を育ててくれた中国養父母のお一人である。
 李さんは終戦直後のハルピンで幼い日本人の女の子を引き取った。周囲からは「侵略者の子を引き取るのか」と非難されたが、「この子に罪は無い。私が引き取ってあげなければ誰がこの子を育てるのか」との思いで育て上げたという。日本人残留孤児(そのほとんどが満蒙開拓団の子女だった)の多くがこうした中国養父母の皆さんの手により命を助けられ、育てられた。
 成長した孤児らの多くは「落葉帰根」、日本を思う気持ち捨て難く、長い年月を経てから日本の地へと戻った。残された中国養父母の中には実子も無く、老後の生活に困る人も少なくなかった。その養父母らの支援をしようと立ち上がった中国側の民間ボランティア団体が「ハルピン市中国養父母連絡会」である。存在は余り日本でも知られていなかったが、同連絡会の胡暁慧会長ら一行が来日し、3年前にわが記念館との交流が始まった。同連絡会はハルピン市内の731部隊記念館の中で「中国養父母展」を4年ほど前から展示し続けている。
 2年前の夏、現地でこの展示を初めて見た私は「是非日本でも」と願い、1年以上の準備を経て日本国内での開催にこぎ着け、同時に養母の一人の李さんと養父母連絡会の皆さんを日本にお呼びした。費用は当記念館と飯田日中友好協会が折半したが、民間団体が負担出来る費用にも限界がある。しかし、誰かがやらなくてはならないことならば、まずは自分たちがやろう。李さんもそうやって孤児を育ててくれた。中国養父母の皆さんのことをもっと多くの日本人が知らなければならない。日中友好のもう一つの原点がそこにはある。都内と当記念館で開催された「中国養父母展」はこの春から長野県内でも巡回展が行われる予定だ。