会報『日本と中国』

トップページ > 会報『日本と中国』 > ニュース一覧 > 2016年7月1日のニュース

ニュース詳細

ニュース2016年7月1日のニュース

“日中環境協力の象徴”北京の友好拠点施設が20周年
20周年記念式典の模様。2016年6月7日 20周年記念式典の模様。2016年6月7日

 日中環境協力の「象徴」として1996年に北京に設立された「日中友好環境保全センター」が20周年を迎えた。6月初めに現地で記念式典が開かれ、日本から丸川珠代環境相らが出席。丸川環境相は中国の陳吉寧環境保護相と会談し、これまでの協力の成果を確認したうえで、新たな協力分野を探ることで一致した。

 同センターは、88年に訪中した当時の竹下登首相が中国の李鵬首相に、日中平和友好条約締結10周年事業として設立を提案した。日本が中国に対し、環境分野で本格的に協力を始めた頃のことで、日本の無償資金協力105億円と、中国の資金6630万元(約11億円)をもとに、中国環境保護省直属の研究機関として完成した。これまで、様々な環境事業や人材育成などに貢献し、日本は専門家延べ約380人を派遣し、中国から延べ約280人の訪日研修を受け入れている。

 20周年式典で陳環境保護相は、日本の協力に感謝した上で「20年を経て、中日の環境協力は新たな時代を迎えている」と述べた。丸川環境相は「環境協力は、両国の戦略的互恵関係を象徴する柱。過去の教訓や経験を共有し、さらに発展させたい」と話した。

 双方による環境相会談では、4月に静岡県で開催された前会談で合意した、微小粒子状物質「PM2.5」による大気汚染の対策における技術協力を進めることを確認。また、中国の土壌汚染、原子力発電所の安全、地球温暖化などの気候変動などの新たな分野においても協力の可能性を探ることで一致した。

 記念式典には、日中双方の自治体、団体、企業などの関係者約300人が出席した。

アリババ皇冠経営者クラブ 訪日団 丹羽会長からビジネス経験談、日中経済について聞く
懇談後の記念写真 懇談後の記念写真

 中国のインターネット通販最大手「アリババグループ」の下部組織で、中国最大の電子商取引の組合「アリババ皇冠経営者クラブ」の訪日団が6月21日、東京都内で協会の丹羽宇一郎会長、岡﨑温理事長と懇談した。

 一行は、中国紡織工業協会副会長で中国紡績大手「北極絨」グループの呉一鳴CEOを団長とする中国のトップ経営者ら28人。伊藤忠商事社長時代に多額の負債からV字回復に導いた丹羽会長から、経験談や日中経済についての話を聞きたいと強く希望し、表敬訪問が実現した。

 丹羽会長は約20分間、中国経済の目標と問題点、そして日本経済の問題点などについて講じた。伊藤忠時代の債務処理を振り返った丹羽会長は「1番大事なことは嘘をつかず、社員との信頼関係を築くこと。人間は良い面と悪い面があり、どうしても嘘をつきたくなる。だから心の鍛錬が必要だ」と述べた。一方、中国については「中国は経済大国になったが、モラルのあり方や信頼構築の部分でまだ国際社会に評価されていない部分もある」と述べた。

 団員からは「どうしたら自分の中の『悪』の部分をを抑えられるか」との質問があり、丹羽会長は「明確な方法はない。自分でコントロールできるよう努力することだ」と答えた。また、「自分は問題ないが、部下はどう教育すればよいか」と質問した団員に対しては、「子どもは親を見て育つが、同様に社員も上司を見て育つ。部下に対して決して嘘をつかず、信頼関係を築いていけば、部下はしっかりついてくる」と話した。

山東省公安庁訪日団が来訪 岡﨑理事長と日本の犯罪の現状について意見交換
槐副庁長(前列中央)ら山東省公安庁関係者一行らと 槐副庁長(前列中央)ら山東省公安庁関係者一行らと

 山東省公安庁の槐国棟副庁長ら6人が、6月22日に協会事務局を訪れ、岡﨑温理事長、永田哲二常務理事と懇談した。

 一行は日本の警察庁の招きで訪日。中国の公安関係者の来訪は珍しく、岡﨑理事長は歓迎の意を表した。

 槐副庁長は「山東省公安関係者の訪日は初めてで今回は交通担当の責任者が多い。日本は都市や交通を管理する良い経験が多く、防犯技術も高い。日本の関係機関と情報交換を行い、中日の警察協力に役立てたい」と述べた。

 メンバーからは日本の犯罪状況や市民の防犯意識などについて質問が相次ぎ、岡﨑理事長が市民レベルの視点で解説。「犯罪を減らすためには“教育”が重要」と指摘し、中国人に比べて日本人が赤信号を順守する理由について「幼稚園、保育園でしっかり教育されている」と述べた。

 一行6人の顔ぶれは次の通り。
槐国棟・山東省公安庁副庁長、魏軍青・同刑偵総隊副総隊長、張賢艶・同交警総隊副総隊長、王宗岩・済南市公安局副局長、王広鍵・青島市公安局交警支隊支隊長、張正祥・淄博市公安局副局長

中国本土初・上海ディズニーランド 5年かけて正式オープン!
上海ディズニーランド開幕式の模様。2016年6月16日 上海ディズニーランド開幕式の模様。2016年6月16日

 世界6カ所目で、中国本土初となる上海ディズニーランドが6月16日、正式にオープンした。

 上海ディズニーランドは、2011年4月の建設着工以来、注目を集めてきた。園内は6つのエリアで構成され、ホテルやショッピング・レジャー施設なども完備する。

 開園式であいさつした中国の汪洋副首相は「2016年は『中米観光年』。上海ディズニーの開園はその枠組みの重要イベントの一つだ」と強調した。

随所に“中国らしさ”

 中国本土初だけあって、随所に“中国らしさ”が現れている。

 例えば、ディズニーアニメ映画「ターザン」を題材にしたミュージカルショー「アドベンチャー・アイル」には、中国雑技団を思わせるアクロバットの要素が含まれる。また、「庭好き」な中国人を意識して造られた「ガーデン・オブ・イマジネーション」では、ディズニーキャラクターが12の干支に扮し、記念撮影することができる。中華風の衣装を着たミッキーにも会える。

 そして、ディズニーのテーマパークとしては珍しい、飲食物の持ち込みも可能とした。他店で購入した飲食物の持ち込みが許されがちな中国の飲食店の文化にならった形だ。

 入場料は平日で370元(約5700円)。休日は499元(約7700円)と日本の7400円に比べ若干割高となっている。6月から8月の営業時間は、月から木曜は9時から21時、金土日曜は8時から22時まで。

中国人労働者強制連行問題 三菱マテリアル、被害者団体と和解合意

 第2次世界大戦中、日本国内の鉱山などに中国人労働者を強制連行した問題を巡り、中国の被害者団体と三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が6月1日、包括的な和解に合意した。被害者団体を代表して元労働者3人が北京で関連文書に署名した。

 三菱側は「人権が侵害された歴史的事実を率直かつ誠実に認め、痛切なる反省の意を表する」とする謝罪文を発表。日本企業の戦後補償として過去最多の3765人を対象とした和解で、被害者1人当たり10万元(約150万円)を基金方式で支払う。今後は中国で基金を設立し、被害者への和解金のほか、記念碑建立費1億円、行方不明の被害者の掘り起こしにかかる調査費2億円を支払う。被害者側の全員を把握できた場合、支払総額は最大70億円規模になる。

 一方、和解での解決を拒否し、裁判で争う姿勢を示している別の被害者団体もある。

2016年九州日中友好交流大会 子々孫々まで友好交流を!中国4省・7都市の27人が参加―九州各県日中
あいさつする袁敏道・中日友好協会秘書長 あいさつする袁敏道・中日友好協会秘書長

 九州各県日中友好協会と駐福岡中国総領事館主催(協賛:中日友好協会)の「2016年 九州日中友好交流大会」が6月3日に福岡市内のホテルで盛大に開催され、約400人が参加した。

 中村元氣・福岡県日中友好協会事務局長はあいさつで「この大会は2013年、日中関係が非常に厳しい状況にあった中で、『何とかして民間交流を進めよう』と、当時の李天然総領事が九州各県日中友好協会に呼びかけて始まった」と説明。続いて張梅・駐福岡中国総領事館副総領事が「以来4年間、大会は規模・内容など年々充実・発展し、現在は日本だけでなく中国でも高く評価されている」と述べた。今年は中国から袁敏道・中日友好協会秘書長をはじめ江蘇省など4省・7都市から27人が参加した。

 同大会の成功と成果は14年4月の「第1回九州日中友好訪問団」を皮切りに、今年まで3回の訪中団として結実している。今年4月の訪中団は北京・唐山・大連を訪問し、唐山市では日中友好交流記念として桜を植樹。子々孫々の代まで桜が咲き続けることを願った。

 来賓で(公社)日中友好協会名誉顧問の村山富市元首相が「日中友好の歴史は先人が命がけで作ったもので絶対に壊してはならない」と力強く訴えると、大きな拍手がおこった。

 記念講演は「孫文生誕150年―孫文先生と日本・九州の関係」と題し、宮崎滔天氏のひ孫の宮崎黄石氏(滔天会顧問)と福家崇洋氏(富山大学准教授)が貴重な資料映像を基に対談。中国と九州の密接な友好交流関係やその役割を果たした孫文と宮崎滔天など先人の功績は、参加者に大きな感銘を与えた。

 その後の懇親会は松本龍・福岡県日中会長の発声で乾杯。会員有志によるアトラクション(オカリナ・三線演奏、南京玉すだれ)で最高潮に達し、和気あいあいの雰囲気の中で会は終了。参加者は「来年また会いましょう」と名残を惜しみながら散会した。

 なお、大会の冒頭に全員で黙とうをささげ、熊本地震の義援金を呼びかけた結果、中国の代表団も含め約7万円が集まり、閉会前に山下慶一郎荒尾市長に手渡された。

北京市青年企業家が来日 モノづくりの街・大田を見学―認定NPO東京都日中
代表団を囲んで。新橋亭での歓迎交流会で 代表団を囲んで。新橋亭での歓迎交流会で

 認定NPO東京都日中友好協会(宇都宮徳一郎会長)が受け入れた北京市青年企業家代表団が5月28日から6月1日まで東京を訪れ「モノづくりの街」で知られる大田区の中小企業を見学した。都日中として青年企業家の訪日団は初めて。

 一行8人は韓国訪問後に来日。30日に大田市場(青果・水産・花き)を見学したほか、区内1503社のうち、精密ばね専門メーカーの小松ばね工業二代目女性社長の案内で、超精密機器用ばねの製造・加工を見学。工場アパートの一つ「テクノフロント森ケ崎」の中にある株式会社ノムラの介護ベットの開発・設計などの説明を受け、活発な意見交換も行った。同日はさらに松原忠義・大田区長を表敬訪問した。

 一方、中小企業見学前日の29日には新橋亭(港区)で歓迎交流会が催され40人が参加。冒頭、宇都宮会長が「私も企業家の一人、友好活動を共にメンバーとして行っていきたい」とあいさつ。王報換団長は「今後も青年交流を進めたい」と応えた。一行は料理を味わいながら楽しい歓談のひと時を過ごした。

 なお、一行には都日中の旧知の間柄である北京市人民対外友好協会の馬恵麗氏が秘書長として同行した。

イチゴ狩り・BBQ・海岸散策 留学生と共に楽しんだ一日―千葉県日中
海岸での記念撮影 海岸での記念撮影

 千葉県日中友好協会主催のイチゴ狩りが5月8日、県内山武市成東の作田苺園で行われた。中国人留学生19人と会員29人の計48人が参加した。

 当日は快晴。大粒のイチゴが40分間食べ放題で、ミルクをつけなくても甘さたっぷりの味わいだった。ハウスの中は少し暑いので、入らない参加者はお土産として持ち帰った。イチゴをお腹いっぱいに食べた留学生たちはとても満足そうで「美味しかった」を連発していた。

 イチゴ狩りの後はバスで蓮沼海岸へ移動。初めての海を見て留学生たちは感激し、地元の会員はその姿を見てうれしくなった。海岸では宝探し、ビーチフラッグとゲームタイムを設けたが、時間が少なく、留学生はもっと海岸に居たい様子だった。

 ホテルに帰ってからは、昼食のバーべキューを行い、肉・野菜・魚貝類などを協力して焼いて食べた。アルコールもあり、2時間ゆっくり交流ができた。帰りは、おらい蓮沼の道の駅でお買い物タイムを楽しんだ。

長春、大連、旅順を訪問し日中友好への誓い新たに―栃木県日中女性委
大連海事大学日本語学部の学生たちと 大連海事大学日本語学部の学生たちと

 栃木県日中友好協会女性委員会は5月5日から4日間、15人で中国の長春、大連、旅順を訪問した。

 羽田から北京を経由し長春に入り、旧満州国八大部(関東軍司令部等)を視察した後、満州国の傀儡(かいらい)皇帝・愛新覚羅溥儀の宮殿だった偽皇宮博物館を訪問、館長から温かい歓迎を受けた。その際、「日本で博物館の写真などの展示を行いたい」との意向を聞き、努力したい旨を伝えた。

 旧満州国について様々な見方があるが、現地の方との交流を通して、日本に対してはむしろ親愛の情を抱いている方が多いことを知った。「立派な街をつくり、鉄道をつくり、学校をつくって教育をしてくれた」と。

 確かに、関東軍司令部も、満鉄の社宅なども取り壊されることなくそのまま残され、使われていた。ここにこそ、日中友好の旗を高く掲げていくことができると心が高ぶった。オバマ米大統領が歴史的な事実を乗り越えて広島を訪れたように、「多くの日本人にこの地を訪ねて欲しい」という思いを強くした。

 翌日は高速鉄道で大連へ移動し、日本とロシア軍が争った旅順の東鶏冠山や203高地などを見学し、戦争の惨さを実感しました。しかし、大連海事大学日本語学部の学生たちとの交流を通して、中国の若者の日本に対する期待と関心の高さに触れ、日中友好は未来に向かって前進していることを確信することができた。
(委員長 金崎芙美子)

程永華大使が釧路訪問 採炭企業を視察し評価―釧路日中

 駐日中国大使館の程永華大使が5月21日から22日まで、北海道釧路市を訪れ、営業採炭を続ける日本唯一の企業・株式会社釧路コールマインを視察した。釧路日中友好協会の中村圭佐会長ほか、釧路日中議連や釧路市の関係者が釧路空港で出迎えた。

 同社は、世界の先進技術を採用して海底下で採炭を行う世界でも数少ない機械化炭鉱の一つ。中国人研修生も積極的に受け入れている。程大使は技術革新など独自の優位性を持つことや、研修生受け入れ事業を通して中国の炭鉱のために積極的に貢献してきたこと高く評価した。一方、地元の小中学生代表との交流では、自身が若いころに日本に留学した体験談などを伝えた。

 程大使はまた、大西雅典・釧路日中副会長が経営するホテル鶴雅リゾートに宿泊した。

池田・蘇州両市の子どもの心を繋ぐ絵手紙交流
池田市からの絵手紙を見る蘇州16中の生徒たち 池田市からの絵手紙を見る
蘇州16中の生徒たち

 大阪府・池田市と蘇州市は、故藤尾昭・池田市日中友好協会名誉会長やその後会長職を引き継がれた倉田薫・現池田市長をはじめ、両市の皆さまの長年に渡るご努力やご尽力で友好交流が深められ、35年前に友好都市締結が結ばれました。

 そこで4年前より交流事業の一つとして子どもたちの友好を深めたいと絵手紙交流に取り組みました。言葉が違っても伝わる絵画と両国の共通文字の漢字で書いた絵手紙なら交流が深められると考えたからです。

 主旨に賛同してくださった両市の学校長や先生方をはじめ、間に立ってくださった公益活動促進協議会の方々や池田市並びに池田市教育委員会の方々、蘇州市外事弁公室の方々のおかげで交流が実現しました。

 蘇州市第16中学生が訪問した渋谷中学では3年生全員が書いて蘇州に送り、呉服小学校でも3、4年生全員が書いて送りました。蘇州市でも第16中学校と新蘇師範学校付属小の子どもたちが書いて池田市に送ってくれました。そして昨年末、両市合わせて千枚にも上る絵手紙交流が実現しました。

 今年の初め、蘇州から届いた絵手紙は渋谷中学校と呉服小学校で展示され、池田市の絵手紙も蘇州市の両校で展示されました。5月からは、両の市民に向けて、公民館などで展示されており、蘇州16中学生が訪れる7月上旬には、市役所ロビーで展示します。

 皆さまのおかげで実現したこの絵手紙交流が長く続き、両市の子どもたちの友好が一層深まる事を願っています。
(国際交流子ども絵手紙の会代表・池田市日中友好協会会員 山口三佐子)