会報『日本と中国』

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ニュース2016年6月1日のニュース

横井・木寺新旧駐中国大使招いて友好7団体が歓送迎会開く
壇上で花束を受け取った横井(左1)・木寺(左3)新旧大使と程駐日中国大使(右2)および各大使夫人。東京・千代田区のホテルニューオータニで 壇上で花束を受け取った横井(左1)・木寺(左3)新旧大使と程駐日中国大使(右2)および各大使夫人。東京・千代田区のホテルニューオータニで

 横井裕・新駐中国大使が5月15日に北京に着任した。これに先立つ13日、協会など日中友好7団体は、横井新大使と任期を終え帰国した木寺昌人・前大使を招いて歓送迎会を開いた。

 都内のホテルで開かれた歓送迎会には、丹羽宇一郎協会会長ら7団体の代表をはじめ日中各界の約700人が出席。駐日中国大使館の程永華大使や劉少賓公使、汪婉参事官(大使夫人)ほか、協会役員も多く出席した。

 野田毅(一社)日中協会会長の主催者あいさつに始まり、俳優の中野良子さんが新旧大使へ花束を贈呈した。

 木寺前大使は「赴任時の日中関係は最悪だった。先輩大使たちが経験したことのない経験をした」と振り返ったうえで「困難に直面したとき皆様の激励が支えになった」と感謝の意を述べた。さらに在任中の実感として、
・幅広く深い日中関係は簡単に壊れるものではない
・関係は最悪の時期を脱し、上向き
・今は日中双方が改善に向け努力する過程
と報告した。

 一方、横井新大使は外務省で中国語を学び始めた頃、戦前に旧満州(現中国東北部)で働いたことのある父親から「中国人が言う『老朋友』は日本の『友だち』とは全く違う。より熱い人間関係だ。おまえもそういう関係を築けるといい」と言われたエピソードを紹介。「信頼醸成を図り、新しい時代にふさわしい日中関係を築きたい」と抱負を語った。

 乾杯の発声は程大使が行った。程大使は困難な日中関係の中での木寺前大使の貢献を高く評価し、横井新大使の豊富な外交経験に大きな期待を寄せた。

 なお、横井新大使は歓送迎会に先立つ5月9日、協会の丹羽会長の事務所を訪ね、就任のあいさつを行った。

2016年度丹羽宇一郎奨学金第3期生3人を選び、都内で授与式
前列左から崔さん、束さん、丹羽会長、倪さん、山野理事長、牧原教授 前列左から崔さん、束さん、丹羽会長、倪さん、山野理事長、牧原教授

 (公社)日中友好協会は5月10日、東京・千代田区の学士会館で「2016年度丹羽宇一郎奨学金」の奨学金授与式を行った。協会の丹羽宇一郎会長、橋本逸男副会長、岡﨑温理事長らが出席した。

 奨学金は、丹羽会長が自著の印税から提供したもので、今回が第3期生。書類・面接試験を通じて選ばれた上海出身の束倩霏さん(京都大学大学院)、遼寧省出身の崔瑋涵さん(名古屋大学大学院)、江蘇省出身の倪英瑛さん(青山学院大学大学院)の3人が丹羽会長から目録を手渡された。

 丹羽会長はあいさつで「自分の研究を深めることも大切だが、それ以上に日本の文化や『日本人』をよく知り、信頼できる友人をつくってほしい。それが日中関係にとっても重要になる」と述べた。審査委員長を務めた橋本副会長は「皆さんは優秀で、選考では審査員の意見が一致した」と講評。そのうえで「皆さんが日本で学ぶことのメリットは多い。これまでやってきたことを生かし、これからやりたいことに頑張って、中国での『日本理解』を広めてほしい」と激励した。

「周恩来総理記念回顧展」が長野で開催
テープカットの模様 テープカットの模様

 新中国の建国や日中国交正常化に貢献し、日本でも敬愛されてきた周恩来元総理のゆかりの品から人物像をたどる「周恩来総理記念回顧展」が5月17日から22日まで、長野市の北野カルチュラルセンターで開催された。

 昨年11月の東京開催に続く巡回展で、主催は長野放送・長野県日中友好協会・中国国際文化交流中心・上海市対外文化交流協会・周恩来思想生平研究会で構成された実行委員会で、全日空が特別協賛した。初日の開幕式には周総理のおいで、元国防大学政治部主任の周爾均氏ら日中の関係者約70人が出席した。

 展示の資料は、1998年に周総理生誕100年を記念して中国でテレビ番組が制作された際に収集されたもの。直筆の歴史文書や親族が提供した希少な実物資料、また毛沢東主席に自らの健康状態を報告した書簡など、周総理の人物像がうかがえる貴重なものが多く陳列された。

 開会式で周氏は「この展示会で(周総理の)人格や生涯が分かる。中日関係発展に尽くした総理の思いを多くの日本の皆さんに知っていただき、友好発展に役立ててもらえれば幸いだ」とあいさつ。テープカットを中島恵理・長野県副知事、駐日中国大使館の郭燕公使、欧陽一一等書記官、中原邦之・外務省調整官、遠山清彦・衆議院総務委員長、久間章生・元防衛大臣、早乙女晃一・日中民間交流研究所長、外山衆司・実行委員長(長野放送社長)、高波謙二・長野県日中会会長らが行った。

日中文化交流協会 創立60周年都内で祝賀会

 (一社)日本中国文化交流協会の創立60周年を記念する感謝と祝賀の会が4月25日、東京都内のホテルで開催された。協会の橋本逸男副会長が出席した。

 主催者あいさつで黑井千次会長(作家)は、同協会の60年間の歴史を振り返り、文化交流を中心とした日中両国の民間交流に積極的な役割を果たしてきたことを述べた。

 来賓としてあいさつした程永華・駐日中国大使は、同協会の60年の貢献に感謝し「文化が相通じる中日両国は、文化交流を進めることで国民同士の相互理解を深められる」と述べ、さらなる貢献に期待を寄せた。

 同協会は1956年に設立。協会と同じく、日中友好7団体の一つ。

中国で海外NGO国内活動管理法が成立 公安機関への届け出を義務化

 中国の全国人民代表大会(全人代=国会に相当)常務委員会は4月28日、「海外NGO(非政府活動組織)国内活動管理法」を採択した。

 管理法は来年1月1日に施行され、経済や教育、衛生、環境保護、スポーツなど幅広い活動が対象。中国国内での海外NGO活動を促進することが目的で、一方で営利的・政治的・宗教的な活動に従事したり、またはそれに資金援助を提供することは認めないとしている。また、海外NGOは公安(警察)機関への届け出が義務付けられ、違法行為があれば海外NGOと中国内の団体の連携を禁止できる。

 全人代の報道官らによると、中国で活動する海外NGOは7千組織を超え、環境保護や教育支援、貧困扶助などが中心。活動資金は数億ドル(数百億円)に達するという。

「飯炊き仙人」が中国で技を伝授 大阪の村嶋さん銀シャリの極意広める
北京の四合院で飯炊きを披露する村嶋さん(左) 北京の四合院で飯炊きを披露する村嶋さん(左)

 大阪・堺市の食堂で50年以上かまどでごはんを炊き続け、「飯炊き仙人」の異名を持つ村嶋孟さん(85)がこのほど中国政府の依頼を受け、中国へ移り住み3年間その技を伝授することになった。

 村嶋さんは昭和38年以来、堺市の大衆食堂「銀シャリ屋ゲコ亭」でごはんを炊き続けてきた。その評判は遠く中国にも伝わり、今年1月に中国側の招きで北京で実演すると好評だった。中国政府はその腕を見込んでプロジェクトへの参加を要請。村嶋さんは今後、3年をかけて中国で産地を回って良い米を見つけ、飯炊きの技を伝授する。また中国製炊飯器の開発にも携わるという。

 5月26日、北京市内の四合院で村嶋さんの歓迎会を兼ねたイベントが催され、村嶋さんがふっくらしたつやのある銀シャリをふるまった。インタビューに応えた村嶋さんは「『楽在一碗の中にあり』。そこに込められた思い、自然の太陽の恵み、ありがたさ。感謝の気持ちが大切になる日本のコメ文化を伝えたい」と語った。

 会場で村嶋さんが炊いたごはんを試食した中国人は「いい匂いとつや。こんなにおいしいごはんは食べたことがない」と口々に絶賛した。

トヨタ元中国駐在員が講演「日中は対立から補完軸へ」―岐阜県日中
阪本敦さんの話を聞く参加者。岐阜市の村上記念病院で 阪本敦さんの話を聞く参加者。岐阜市の村上記念病院で

 岐阜県日中友好協会(杉山幹夫会長)は「ぎふ・中国くるぶ」の第一回例会を5月7日、岐阜市内の村上記念病院ホールで開いた。トヨタの元中国駐在員阪本敦さんが約80人の参加者に、かつて上海で日中親善に尽くしたトヨタの祖豊田佐吉と右腕西川秋次の生き方や駐在経験から学んだ中国観を語り「日本と中国はこれからも補完し合うことで進歩する」と訴えた。

 同協会は昨年の60周年を機に今年を新たな出発年とし「楽しく」をモットーに「きく」「みる」「まなぶ」の精神で民間交流の糸口を見つける「ぎふ・中国くるぶ」を立ち上げた。テーマはジャンルを問わず2カ月置きに開催予定。非会員でも参加できる。

 阪本さんは1994年から中国事業に携わり通算14年駐在。トヨタ自動車(中国)投資有限会社上海分公司総経理の時、佐吉と西川が戦前戦後、上海豊田紡織廠を通じ日中友好を紡いだ歴史を知った。四川大地震の被災地キャンプで親を失った子供の心のケアに取り組んだこと、暴徒化した反日デモ隊につながる道で「日本車はUターンを」とプラカードを掲げて危険を知らせる中国の若者は阪本さんの脳裏に焼き付いた。

 「佐吉と西川秋次の物語」と題した話で、阪本さんは「儲かるから上海に進出したのではなく中国を日本にとって大切な国ととらえ、恩に報いるというのが佐吉と西川の共通哲学。西川が戦後上海に残り紡織技術を伝授したのはその証左」と語り、「これからもお互いを補完軸ととらえ、身の丈に合った日中交流をまず一つやってみよう」と呼びかけた。

 同協会は例会に先立つ総会で杉山会長らを再任する役員改選案や事業計画案を承認した。
(理事長 土屋康夫)

残留孤児招いて体験談 戦争悲劇知る映画会も―(一社)香川県日中
体験談を語る大西さん(写真中央 体験談を語る大西さん(写真中央

 (一社)香川県日中友好協会(玉木雄一郎会長)は4月17日、アイパル香川で「『中国残留孤児』̶今聴いておきたいその真実」と題し、中国残留孤児の大西慶子さんへのインタビューと、大西さんが出演している映画の上映会を行った。一般県民約60人が真剣に聞き入った。帰国者も高齢となり、戦争の悲劇を伝えられる人が確実に減っている中、その生の声を聞ける貴重な時間となった。

 大西さんは、子どもの頃に見た死体が転がっている情景、自分の周りで人が殺されていく情景、中国では日本人と言われ苛められたり仕事を追われ、帰国後は言葉の問題、習慣の違い、「自分は日本人なのか、中国人なのか」と悩み苦しんだ人生を淡々と語ってくれた。来場者からは、「今後もこのような企画を続けて欲しい」「本人から聞けることは貴重な長を歴任。石川県バレーボール協会会長。江蘇省などとの交流歴も多数あり、2006年から会長代行。16年会長就任。こと」などの感想があった。当日は、映画『チンゲンサイの夏休み』の制作者も加わり、映画撮影のエピソードなども語られた。

 同協会は、今後もできる限り、戦争の悲劇を伝えていきたいと考えている。

中国人留学生らと花見で交流 60人が満開の桜の下に集まる―秋田地区日中
花見を満喫する留学生たち 花見を満喫する留学生たち

 秋田地区日中友好協会(小木田喜美雄会長)と秋田県日中友好協会女性委員会(石黒かほる会長)は4月23日、秋田市の千秋公園で「さくらを楽しむ会」を開いた。両会員や県内の大学の中国人留学生ら約60人が満開の桜の下で弁当や花見団子などに舌鼓を打ちながら交流を深めた。4月に県国際交流員として赴任したばかりの中国人3人も駆けつけ、園内に設営された舞台での芸能にも目をやりつつ、桜を愛でる日本人の心情に関心を寄せていた。

 秋田大学の交換留学生・周明月さん(遼寧省瀋陽市出身) は、「秋田は大都市ではないが居心地が良い。自然が豊かで食べ物がおいしい」と語り、「桜はきれい。千秋公園もいい」と感慨深げだった。大連民族大学3年生で、秋田大学では良い友達もできたので毎日が楽しいとほほえんだ。
(理事 古谷孝男)

スポーツ交流会で友好の汗流す 元五輪卓球女子監督の近藤氏も参加―北区日中
バレーボールを楽しむ参加者 バレーボールを楽しむ参加者

 東京・北区日中友好協会(花川與惣太会長)は4月17日、北区の滝野川体育館で認定NPO東京都日中友好協会と共に「日中友好スポーツ交流会」を主催した。東京都北区との共催。中国側は留学生や子ども連れの家族、日本側は中高大学生なども集まり、112人が友好の汗を流した。

 会場には日中両国旗と「友誼(友好)第一、比賽(勝敗)第二」のスローガンが掲げられ、スポーツ交流にふさわしい雰囲気の中、たくさんの笑顔が見られた。

 交流会に先立つ開会式では、CDによる日中両国歌の演奏や都日中の宇都宮徳一会長の開会あいさつなどが行われた。準備体操後、体育館は3つのスペースに分けられ、参加者はバレーボール、バドミントン、卓球、そして中国生まれの新スポーツ、太極柔力球をそれぞれ自由に、そして存分に楽しんだ。

 当日は、北京五輪卓球女子監督の近藤欽司氏が来られ、参加者とのラリー練習や記念写真に気軽に応じていた。また、同月14日に発生した熊本地震の救援募金箱が受付に設置され、約2万5千円が集まり、後日、日本赤十字社に送金された。

 交流の模様は翌日のCCTV大富のニュース番組で放送された。

交流サロンを開催 留学生らと煎茶を楽しむ―岸和田市日中

 大阪府・岸和田市日中友好協会(武井俊成会長)は4月24日、町田町会館で交流サロン「煎茶を楽しむ」を開催した。同協会会員の中賀祐子氏が講師を務め、周明輝・駐大阪中国総領事館副領事、瀋陽大学の張岩先生と留学生12人と会員ら32人が参加した。

 武井会長と周副領事のあいさつに続いて講義を行った中賀氏は、中国から日本にもたらされた煎茶は明・清時代のもので、インゲン豆でも有名な隠元禅師によって日本に伝えられたことを紹介。初期には茶道具を天秤棒で担いで回り、「出前喫茶」のようにして煎茶を振る舞っていた時代もあったという。

 当日は和菓子が振る舞われ、実際に煎茶を味わって交流した。

中国国家作者・聶耳を知る講演会とCDミニコンサート 工学院大学孔子学院が開催
聶耳について講演する岡崎氏 聶耳について講演する岡崎氏

 4月16日、東京・新宿の工学院大学孔子学院(西園寺一晃学院長)で昨年夏に『歌で革命に挑んだ男―中国国歌作曲者聶耳(ニエアル)と日本』を出版した元中京学院大学教授の岡崎雄兒氏を迎えた講演会が開催され、会場にあふれんばかりの70余人が聶耳の話と音楽に聞き入った。孔子学院サロンの一環で認定NPO東京都日中友好協会と(一社)神奈川県日中友好協会が後援した。

 聶耳は中国国歌の作曲者として知られる。雲南昆明で生まれ、上海に出て映画界で活躍。日本に亡命中23歳の若さで湘南の海で亡くなった。この縁で藤沢と昆明は友好都市となっている。昨年が没後80周年。

 前半は近年発掘された新資料に基づき、今までの聖人視された聶耳像から解放された「人間・聶耳」の生涯が紹介された。かつ最後に、聶耳が当時の敵国日本で過ごした日々が市民同士の交流でくつろいだ日々だったことも紹介。「日中関係が厳しい今、国同士の関係がいかに厳しくとも、市民同士の交流は成立しうるし、そこにこそ希望が見出されることを物語っている」と長年日本国際貿易促進協会で仕事をしてきた岡崎氏ならではの言葉で結んだ。

 後半は聶耳全43作品の中から講師選曲による11曲が解説付きで紹介された。かつて聞き慣れた曲もあり、会場では共に口ずさむ人の姿も見られた。

 大阪から講演会のために来た人や湘南の聶耳記念碑の除幕式で聶耳の曲を歌った人もおり、古い友好人士が集う和気あいあいとした心温まる会になった。

「徳川光圀の師」儒学者・朱舜水 末裔が来日し墓参

 水戸藩2代藩主の徳川光圀が学問の師と仰いだ中国・明時代末期の儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)の末裔らが5月15日、常陸太田市瑞龍町の水戸徳川家墓所を訪れた。朱舜水は同墓所に葬られた徳川家一族以外の唯一の人物とされる。

 墓参に訪れたのは朱育成さんの家族3人。2011年の東日本大震災で被害を受けた舜水、光圀の墓所の復旧工事の完了を記念して末裔たちが中国から来日した。水戸徳川家15代当主で徳川ミュージアム理事長の徳川斉正さんをはじめ、市関係者や県日中友好協会員らが同席した。