会報『日本と中国』

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ニュース2014年1月1日号のニュース

中日友好協会 創立50周年の記念誌を発行
創立50周年の記念誌

 中日友好協会は、昨年2013年10月4日で創立50周年を迎えたことを祝い、50周年記念誌(写真)を発行した。人民中国雑誌社が制作に協力した。

 記念誌は、A4版・フルカラー100ページ。日中の関係者が寄せた祝辞や同協会が創立した1963年から現在までの日中関係の歩みが、写真と共に掲載されている。当協会の村山富市名誉顧問と加藤紘一会長も祝辞を寄せた。

辻井喬氏が死去 日中文化交流協会会長で作家

 (一財)日本中国文化交流協会の辻井喬会長が昨年11月25日、肝不全のため東京都内の病院で亡くなった。86歳。葬儀は親族で執り行われた。

 作家でもある辻井氏は2004年4月から同協会会長を務め、日中文化交流に尽力した。中国政府は王毅外相が代表し、辻井会長の遺族に弔電を送った。

 同協会は今春に「偲ぶ会」を行う予定。

友好提携30周年の陝西省を訪問 官民協同で交流活動盛り上げる―京都府日中

 京都府日中友好協会の訪中団(団長=田中彰寿会長)の10人が、2013年11月17日から陝西省を訪れ、日中友好文化芸術展の開催や植樹活動を行った。

 同日中は陝西省人民対外友好協会と隔年で相互に訪問し交流活動を行っている。15回目の昨年は、山田啓二府知事の府省友好提携30周年を記念した訪中団に随行し、官民協同で交流活動を行った。

 18日、同省西安市の西安培華学院で芸術展を開き、田中会長や山田知事がテープカットを行った。会場には日中の芸術家の作品約50点ずつが展示され、一行は写真や漆絵などを鑑賞した。また、同校の学生らと交流し、持参した京都の茶をいれて振る舞った。

 翌日は、友好提携20周年記念訪中の際、京都・陝西省友好の森として西安市の郊外に植えた苗木を視察。10年間で大きく伸びた木を見て、一行は驚いた。

 その後、同日中の一行は府の団と分かれ、湖北省武漢市を観光し、22日に帰国した。

帰国者生活研修会 京都・三千院を散策―奈良県日中

 奈良県日中友好協会(辻井誠行会長)の帰国者生活研修会は2013年11月16日、京都府洛北の三千院を散策した。中国帰国者とその家族ら30人、同日中の梶川虔二副会長ら4人が参加した。

 当日は絶好の小春日和。三千院は多くの観光客でにぎわっていた。一行は、日に映えて真っ赤に紅葉した樹木や、有清園のあでやかな緑一色のコケなど、秋いっぱいの景色の中を散策。参加者はあちこちで写真を撮り、「来てよかった」と口々に話した。

 その後、一行は現地の老舗「京つけもの西利」を見学。ワインと旬の京漬物を味わい、土産用にとたくさん買い込んだ。

 当初、同会は中国帰国者の日本での生活支援を目的に設立された。現在は帰国者の家族や2世などが広く参加し、毎年交流旅行などを行っている。

船上で記念式典開催 環境保全の覚書に調印―滋賀県・湖南省友好提携30周年

 滋賀県と湖南省の友好県省提携30周年を祝う記念式典が2013年11月19日、大津市琵琶湖の客船「ビアンカ」上で開かれた。双方は環境保全の技術交流を通じた産業促進などについての覚書に調印した。

 日本側からは嘉田由紀子知事ら、滋賀県日中友好協会の中村憲市理事長らが出席。中国側からは、18日に来日した訪問団(団長=杜家毫省長)の約70人が出席した。杜省長は「(同省)洞庭湖の水質改善のため、滋賀の取り組みを学びたい」と話した。

 滋賀県と湖南省は湖が縁で1983年に友好協定を締結。2013年7月には嘉田知事が同省を訪れている。

「国際経済セミナー&交流会」開催―北海道日中
講演する張西龍・中国国家観光局東京首席代表 講演する張西龍・
中国国家観光局東京首席代表

 北海道日中友好協会(青木雅典会長)は2013年11月29日、札幌市内のホテルで中国と北海道との地域間交流や経済交流の新展開を考える「国際経済セミナー&交流会」を開催した。

 第1部のセミナーは観光、物産、高齢者産業、環境技術などのテーマのもとに、張西龍・中国国家観光局東京首席代表や水田賢治・ジェトロ本部主幹ら4人が講演。企業や関係機関の幹部など約150人が熱心に耳を傾けた。

 セミナーの冒頭で特別あいさつに立った許金平・駐札幌中国総領事は民間交流の重要性を強調。張首席代表も「観光は平和へのパスポートだ」と話し、改めて積極的な観光交流の推進を訴えた。

 第2部の交流会では、来賓として山谷吉宏・道副知事や石軍・東京中国文化センター長も出席した。参加者は、来賓や講師とそれぞれ名刺交換を行いながら、自社事業のPRや今後の中国とのビジネス展開に向けて活発な情報交換を図った。

 北海道日中は、このような機会を積極的に設け、中国との地域交流や企業間の経済交流の促進に力を入れていくことにしている。

茨城県日中不再戦之碑保存顕彰会 満蒙開拓平和記念館を参観

 2013年11月20日、茨城県日中不再戦之碑保存顕彰会(鈴木健夫代表)の悠久の歴史を学ぶ有志25人が、長野県下伊那郡阿智村に開かれた満蒙開拓平和記念館を訪ねた。

 記念館では、河原進館長から建設に至る経過、小林勝人理事から活動の説明を受け、寺沢秀文専務理事の案内で展示品などを観覧した。

 水戸市・内原にある郷土史義勇軍史料館との関連で記念館の参観は早くから話題に上った。国策による農業移民がたどった悲惨な歴史を目の当たりにして、戦争は絶対に起こしてはならないと、改めて本会の「日中不再戦」の主張が重みを増したことを確認した。

 一行は記念館のほか晩秋の木曽路、藤村記念館、馬籠宿、諏訪大社なども巡った。(副会長・県日中友好協会副理事長 髙木昂)

厳俊さん 各地でひっぱりだこ 地区協会の忘年会に参加

 昨年、大阪・淀川で子どもを救った厳俊さんが各地でひっぱりだこだ。NPO大阪府日中と広島県福山市日中は、昨年の忘年会に厳さんを招いた。

谷井会長(左)から感謝状を受け取った厳俊さん 谷井会長(左)から感謝状を
受け取った厳俊さん
NPO大阪府日中谷井会長が感謝状授与

 NPO大阪府日中友好協会は12月5日、大阪市の徐園で忘年会を開いた。会員や劉毅仁・駐大阪中国総領事ら約120人が参加した。

 冒頭のあいさつで谷井昭雄会長は、厳さんの活躍を引き合いに出し、「国民同士の心はつながっている。それが政治や外交にもつながるよう皆で努力しよう」と早期の日中関係改善への抱負を語った。

 その後、谷井会長が厳さんに感謝状を授与。会場の拍手喝采に、厳さんは照れながらも「皆さまの支持は私の力の源です」と謙虚に話した。

 宴もたけなわになると、厳さんの周りには記念撮影や名刺交換を求める参加者が続出。厳さんは座っている暇が無いほど人気だった。


握手を交わす厳俊さん(左)と佐藤会長 握手を交わす厳俊さん(左)と佐藤会長 福山市日中佐藤会長の懇願に快諾歓迎会など兼ね盛大に

 福山市日中友好協会(佐藤明久会長)は12月4日、市内の又来軒で忘年会を開いた。大阪総領事館員の着任歓迎会と厳さんへの感謝の集いを兼ねた会に、約50人が参加した。

 佐藤会長は昨年9月の同総領事館のパーティーで厳さんと知り合った。「日中交流の手本として会員に紹介したい」と、自ら忘年会の参加を懇願すると、厳さんは快諾。昨年着任した王軍副総領事らも参加し、盛大な会となった。

 会場では厳さんの「やるべきことをやっただけです」とのあいさつに拍手がわいた。

シンポジウム開催 日中関係改善を中心に討議―NPO東京都日中
基調講演する西園寺副会長 基調講演する西園寺副会長

 NPO東京都日中友好協会(宇都宮徳一郎会長)は2013年11月28日、東京都内で「日中関係│現状と展望」と題したシンポジウムを開いた。日中未来の会、工学院大学孔子学院、中国国際友人協会との共催。

 シンポジウムは、日中平和友好条約締結35周年と、同院創立5周年を記念したもので、基調講演とパネルディスカッションが行われた。パネリストとして日本側に宇都宮会長や村田忠禧・横浜国立大学名誉教授ら、中国側に王泰平・元駐大阪中国総領事館総領事らが出席。西園寺一晃・同日中副会長(=同学院長)と、友人協会の呉従勇副会長が基調講演を行った。

 ディスカッションでは主に、尖閣問題などで冷え込んだ日中関係の改善について討議。日中双方が尖閣問題を懸念していること、領有権を巡るトラブルに備え解決のメカニズムを作ること、といった意見で一致した。

 そのほか、民間交流促進の重要性や、マスコミの報道の仕方などについても議論が交わされた。

村山元首相が講演 「談話」を基に危機打開訴える―長野県日中
講演する村山元首相 講演する村山元首相

 長野県日中友好協会(井出正一会長)は2013年11月12日、長野市内のホテルで日中平和友好条約締結35周年を記念した講演会を開いた。県日中経済交流促進協議会などとの共催で、約200人が出席。村山富市元首相が講師を務め、日中関係の危機打開を訴えた。

 村山元首相は、いわゆる「村山談話」を中心に話を展開。「自分にしかできない歴史的な役割だった」と当時の心情を明かし、日本がアジアから信頼される国になるためには、「歴史を教訓に未来へ進んで行くことが必要だ」と強調した。

 また近年の、村山談話や河野談話の見直し、憲法改正といった動きに危機感を表し、「政治家は周辺諸国と仲良くしていき、アジア全体の平和と繁栄を考えるべき」と述べた。

 聴講者からは「村山談話の持つ意義をよく認識できた」「民間交流に努めていきたい」などの感想が聞かれた。

第6回バスツアーで東京訪問 松本楼で孫文の革命秘話聞く―長野県日中女性部
小坂さん(前列右5)を囲む参加者 小坂さん(前列右5)を囲む参加者

 長野県日中友好協会女性委員会は2013年11月21日、第6回日中友好研修バスツアーを開催した。会員を含む51人が参加し、東京の日比谷松本楼と江戸東京博物館を訪れた。

 早朝に長野をたち、車内では西堀正司県日中理事長の「日中講座」を聞いた。昼前に到着した松本楼で井出正一県日中会長、汪婉参事官、佐藤洋一協会理事、永田哲二東京都日中理事長らと合流した。

 松本楼では交流会が開かれ、島津美智子委員長、井出会長、汪婉参事官がそれぞれあいさつした後、同館副社長で孫文の革命を支援した梅屋庄吉のひ孫の小坂文乃さんが「辛亥革命秘話、孫文と梅屋庄吉」と題して講演した。代々受け継がれた資料などをもとに語られる梅屋と孫文の“友情秘話”を聞いた参加者は、2人が築いた友好が現在も続いていることに強く感動した。

 昼食は小坂さんらと共にし、留学生・孔暁鑫さんによる古箏の生演奏がなごやかな雰囲気を演出した。午後は江戸東京博物館で「明治のこころ―モースの見た庶民の暮らし」特別展を鑑賞した。参加者からは「大変和やかで楽しい1日だった」との感想が聞かれた。

劉宇コーチに学ぶ喜田さん 最年少で新体操日本一―エンジェルRGカガワ日中
喜田純鈴(みすず)さん(12歳) 喜田純鈴(みすず)さん(12歳)

 NPO香川県日中友好協会(藤井賢会長)がサポートする新体操クラブ「エンジェルRGカガワ日中」の喜田純鈴(みすず)さん(12歳)が、新体操女子種目別で史上最年少で日本一に輝いた。

 喜田さんは、2013年11月に東京で開かれた全日本選手権のクラブとフープに出場。身体能力を生かし2冠を達成した。

 喜田さんは県内で、元中国ナショナルチーム選手の劉宇コーチの下で学ぶ。7年後の東京五輪を目指しているという。

設立20周年の祝賀会開く 県協会の“原動力”として活躍―(一社)神奈川県日中女性部
あいさつする牧内会長 あいさつする牧内会長

 (一社)神奈川県日中友好協会の女性部会は2013年11月28日、ローズホテル横浜内の重慶飯店で設立20周年祝賀会を開いた。牧内良平会長、田島孝子部会長、来賓の孟素萍・中国大使館一等書記官らほか、県下の地区協会代表など約50人が出席し20周年を祝った。

 田島部会長への花束贈呈後にあいさつした牧内会長は、「女性部会は県協会の原動力となっている最も活発な組織の一つ。今年は新たに体制強化され、一層の活躍が期待される」と話した。続いて繆桂馨・横浜華僑婦女会会長らが祝辞を述べた。

 田中誉士夫副会長の発声で乾杯した後、出席者は中華料理を囲んでなごやかに歓談、20年の活動の思い出を語り合った。同部会は1993年の設立以来、地元の華僑団体と共催行事を開いたり、中国大使館での親子交流会などを続けている。

留学生とともに楽しんだ設立4周年記念“錦秋の交流親睦会”―小樽日中
懇親会の模様 懇親会の模様

 北海道・小樽日中友好協会は2013年11月22日、設立4周年記念の交流親睦会を定山渓温泉一泊で開いた。

 秋野治郎副会長が役員を務めるグループ会社の研修保養施設『倶楽部錦渓』を借り切り、同氏の全面的な支援と会員の協力で留学生を招待。小樽商科大19人、北海道大1人、札幌大孔子学院1人の21人と小樽日中会員10人、札幌日中会員3人の計34人が参加し、浴衣姿で交流を深めた。

 佐藤幸子会長が、この4年間の活動報告を交えあいさつし、古本英之道日中名誉顧問の祝杯の発声で懇親会に入った。小樽の感想などを含む留学生による自己紹介や利尻屋みのやの「150歳若返るふりかけ」などの景品があたるビンゴゲームは盛り上がり、北海道文化財団HAFアーティストの能登谷安紀子さんによるヴァイオリン演奏でうっとりとしたひと時を過ごした。

 二次会は卓球、ビリヤード、カラオケなど深夜にわたり、思い出に残る交流会となった。留学生からは「来年もやってほしい」との声が上がった。(事務局 山岸康治)

国境の垣根ない友達に―読者の広場 NPO愛知県日中友好協会会員・日本パンダ保護協会会員 いわせ てつや(27)
パンダ保護センターで、いわせさんと夢夢(オス1歳半) パンダ保護センターで、
いわせさんと夢夢(オス1歳半)

 2013年11月12日から17日まで四川省を訪問しました。パンダの支援や保護を目的とする日本パンダ保護協会の里親祭という行事です。中国のパンダ施設には、パンダを愛する世界中の人たちの里子がいます。私もその中の一人で、里子の名前は夢夢(中国名:正正)です。

 四川大震災・東日本大震災と災害に見舞われ悲しみも癒えぬ中で生まれた子だったので、未来に夢を持って進んでほしいと思い、夢夢と名づけました。

 現在、新聞やメディアを見ていると中国と日本は、戦後の歴史、政治、領土などたくさんの問題で衝突しているように見えます。しかし現地の方たちは、私が日本人だと知っていても気軽に話しかけてくれます。言葉の違いはありますが、人間としての違いなんて感じませんでした。

 戦争を知らない世代で生まれた私は、教科書でしか歴史を学べません。しかし、私たちから見ると、戦争をした全ての国がおかしかったのだと思います。世界中が戦争という病気にかかっていたのだと思います。これから生まれてくる世代の子たちには、戦争という先人の責任を負わせないで、国境の垣根なく、友達として成長していってほしいと願います。